漂着したシロナガスクジラの原因は?
2018年8月5日、鎌倉の由比ガ浜に漂着したのはシロナガスクジラだった。シロナガスクジラは体長は30メートルにもなる、地球上で最大の動物であるが、漂着したのは子どもで体長は10メートルほどであった。国内の海岸に漂着したのは初めてのことだった。
それほど貴重なクジラが漂着した理由は何だろう?その後、クジラは国立科学博物館が調査のため引き取られくわしく調査された。
その結果、胃の中からプラスチックごみが発見された。3センチ四方ほどに折りたたまれたプラスチックで、赤ちゃんは生後3ヶ月から半年ほどと見られ、まだ母乳以外は飲んでいない時期であることから、餌と間違えて飲み込んだのではなく、泳いでいる間に誤って飲み込んだと見られる。それだけ海にプラスチックが浮かんでいる、ということだ。
神奈川県の研究機関が、横浜の環境系イベントで写真を展示していたので聞いてみたところ、飲み込んでいたプラ片の材質はナイロンだったとのこと。おそらく業務用で使われたナイロンフィルムの切れ端だろうという。
かながわプラごみゼロ宣言
神奈川県は、これを「クジラからのメッセージ」として受け止め、持続可能な社会を目指す具体的な取組として、深刻化する海洋汚染、特にマイクロプラスチック問題に取り組むことに決めた。
プラスチック製ストローやレジ袋の利用廃止・回収などの取組を、市町村や企業、県民とともに広げていくことで、2030年までのできるだけ早期に、リサイクルされない、廃棄されるプラごみゼロを目指す。
海岸利用者に対して、海洋汚染の原因となるプラごみの持ち帰りを呼びかけていく。「かながわプラごみゼロ宣言」を行っている。
「SDGs」とは、持続可能な開発目標(SDGs:Sustainable Development Goals)のことで、2015年9月の国連サミットで採択された持続可能な世界を実現するための開発目標である。2030年を年限とする17のゴールと169のターゲットで構成され、地球上の誰一人として取り残さないことを誓っている。
また「SDGs未来都市」として、本年6月、国は、全国でSDGs達成に向けた優れた取組を行う29自治体をSDGs未来都市として選定し、そのうち、特に先導的な10の取組を自治体SDGsモデル事業に選定した。神奈川県は「SDGs未来都市」及び「自治体SDGsモデル事業」の両方に認定された。
今、世界で起きている「海洋プラスチック」の問題
洋服から自動車、建設資材に至るまで、私たちの生活のあらゆる場面で利用されているといっても過言ではないプラスチック。
手軽で耐久性に富み、安価に生産できることから、製品そのものだけでなく、ビニールや発泡スチロールなどの包装や梱包、緩衝材、ケースなどにも幅広く使われている。
しかし、プラスチックの多くは「使い捨て」されており、利用後、きちんと処理されず、環境中に流出してしまうことも少なくない。手軽に使える分、手軽に捨てられてしまう、そうした面もあるといえる。
そして環境中に流出したプラスチックのほとんどが最終的に行きつく場所が「海」。プラスチックごみは、河川などから海へと流れ込むためだ。
世界中のプラゴミは1億5,000万トン
既に世界の海に存在しているといわれるプラスチックごみは、合計で1億5,000万トン。そこへ少なくとも年間800万トン(重さにして、ジャンボジェット機5万機相当)が、新たに流入していると推定される。
こうした大量のプラスチックごみは、既に海の生態系に甚大な影響を与えており、このままでは今後ますます悪化していくことになる。
例えば海洋ごみの影響により、魚類、海鳥、アザラシなどの海洋哺乳動物、ウミガメを含む少なくとも約700種もの生物が傷つけられたり死んだりしている。このうち実に92%がプラスチックの影響、例えば漁網などに絡まったり、ポリ袋を餌と間違えて摂取することによるものだ。プラスチックごみの摂取率は、ウミガメで52%、海鳥の90%と推定されている。
このようなプラスチックごみは、豊かな自然で成り立っている産業にも直接的、間接的な被害を与え、甚大な経済的損失をもたらしている。例えば、アジア太平洋地域でのプラスチックごみによる年間の損失は、観光業年間6.2億ドル、漁業・養殖業では年間3.6億ドルになると推定されている。
一度放出されたプラスチックごみは容易には自然分解されず、多くが数百年間以上もの間、残り続ける。海洋ごみが完全に自然分解されるまでに要する年数。上記の内、アルミ缶以外は全てプラスチックが主成分の「海洋プラスチックごみ」
注目されるマイクロプラスチック
これらのプラスチックごみの多くは、例えば海岸での波や紫外線等の影響を受けるなどして、やがて小さなプラスチックの粒子となり、それが世界中の海中や海底に存在している。5mm以下になったプラスチックは、マイクロプラスチックと呼ばれている。
マイクロプラスチックは、日本でも洗顔料や歯磨き粉にスクラブ剤として広く使われてきたプラスチック粒子(マイクロビーズ)や、プラスチックの原料として使用されるペレット(レジンペレット)の流出、合成ゴムでできたタイヤの摩耗やフリースなどの合成繊維の衣料の洗濯等によっても発生している。
海洋に投棄されたプラスチックゴミはやがて微細なマイクロプラスチックとなり、食物連鎖を通じて多くの生物に取り込まれている。製造の際に化学物質が添加される場合があったり、漂流する際に化学物質が吸着したりすることで、マイクロプラスチックには有害物質が含まれていることが少なくない。そして、既に世界中の海に存在するマイクロプラスチックが海洋生態系に取り込まれ、さらにボトル入り飲料水や食塩などに含まれている可能性が指摘されている。
マイクロプラスチックについては、人を含む生物の身体や繁殖などに、具体的にどのような影響を及ぼすのか、詳しいことはまだ明らかにされていない。しかし、本来自然界に存在しない物質が広く生物の体内に取り込まれた結果を、楽観視することはできない。
拡大する問題とその原因 特にアジアの課題
プラスチックの年間生産量は、過去50年で20倍に増大した。しかし、これまでにリサイクルされたのは、生産量全体のわずか9%に過ぎない。そして、前述したように、これらのプラスチックは自然界の中で、半永久的に完全に分解されることなく存在し続ける。
これまで生産されたプラスチックの分布状況。再利用されたのは全体の9%に留まる。この問題になっている海洋プラスチックの8割以上は、陸上で発生し海に流入したもの。特に多いのが、使い捨て用が中心の「容器包装用等」。この用途に使われるプラスチックは、世界全体のプラスチック生産量の36%、世界で発生するプラスチックごみの47%を占めていると考えられる。
世界と国内でのプラスチックの生産量と用途別の生産割合。「容器包装等」が最も多い。海で発生する海洋プラスチックは、陸上からの物と比較すれば多くない。しかしながら、やむを得ず放棄されたもしくは投棄された漁具(ALDFG: Abandoned, lost or otherwise discarded fishing gear)の多くがプラスチックでできたものであり、特に深刻な問題を引き起こしている。
その一例が、「ゴーストネット」と呼ばれる、廃棄された漁網。例えば「流し網」などは何キロにもおよぶ長さを持つ漁網だが、主にプラスチックでできている。これら漁網が意図的であるかどうかに関わらず、一旦海に廃棄されると、やはり分解されることなく長い間海に残り続ける。そして、アザラシや海鳥、ウミガメなどに誤って絡まり、これらの動物がひどい場合には何年間も苦しんだりして命を落とす問題が、世界各地の海で頻発している。
「海洋プラスチック」2050年の予測
ダボス会議で知られる世界経済フォーラムは、現在、海へ流入している海洋プラスチックごみは、アジア諸国からの発生によるものが、全体の82%を占めるとしている。
環境に負荷をかけた、持続可能とはいえない経済発展が続く限り、この海洋プラスチックの問題も、今後さらに拡大すると考えられている。同フォーラムは、2050年にはプラスチック生産量はさらに約4倍となり、「海洋プラスチックごみの量が海にいる魚を上回る」というショッキングな予測を発表している。
さらに、プラスチックの原料となる原油の使用は、地球温暖化の主要な原因の一つ。
プラスチックの生産拡大傾向がこのまま続くと、パリ協定の目標である「2℃未満」を達成するときに許される2050年の排出量の約15%を、プラスチックの生産および焼却時の排出が占めると試算されている。
2050年には海洋プラスチックゴミは魚の量を上回り、消費する原油の20%がプラスチック生産に使用されると予測されている。
日本として取り組むべきこと
日本はプラスチックの生産量で世界第3位。特に1人当たりの容器包装プラスチックごみの発生量については、世界第2位と、この問題に国際的な責任を持たなければならない立場にある。
実際コンビニの普及もあり、国内で年間に流通するレジ袋の枚数は、推定400億枚で、一人当たり一日約一枚のペースで消費されている。また、ペットボトルの国内年間出荷は227億本に達する。
日本では廃棄されるプラスチック(廃プラ)の有効利用率が84%と特に進んでいるとされているが、全体の57.5%は、燃焼の際にエネルギー回収をするものの燃やす「サーマルリサイクル」という処理方法に頼っている。これはつまり、化石燃料を燃やし、CO2排出しているということなので、今後ますます深刻化する地球温暖化への対策まで含めた視点で見たときに、とても資源が有効かつ持続可能な方法で利用されているとは言えない。
廃プラの処理状況。
マテリアルリサイクル:廃プラを原材料としてプラスチック製品に再生
ケミカルリサイクル:廃プラを化学的に分解するなどして、化学原料に再生
サーマルリサイクル:廃プラを固形燃料にしたり、焼却して熱エネルギーを回収
また、日本は年間150万トンものプラスチックくずを「資源」という位置づけで中国を中心にアジア諸国に輸出していた。しかし、世界最大の輸入国である中国がリサイクル処理に伴う環境汚染などを理由に2017年から輸入規制を始めたことで、日本のプラスチックごみの行き場がなかなか見つからないといった問題も起こっている。
しかしプラスチックくずの海外輸出については、プラスチックごみの処理を、処理体制が整っていないアジアの途上国に実質的に押し付けることにより、アジアからの海洋プラスチックごみ流出を加速させることにつながるとして懸念する声もある。他の輸出先を探すのではなく、輸出すること自体を見直すべきではないだろうか。
海洋プラスチックの問題は、ごみの廃棄やリサイクルの側面だけでなく、自然そのものへの影響についても深刻。日本沿岸で回収された漂着ごみは年間約3万トンから5万トンにも及ぶ。モニタリング調査によると、漂着ごみにおいて、海外から流れ着くものを含めたボトルや漁網等プラスチック類が占める割合は個数をベースにすると65.8%。また、日本近海でのマイクロプラスチックの濃度は、世界平均の27倍にも相当するという調査結果もある。
日本の海岸に漂着したごみの量と内訳。
漂着ごみの大半を漁具を含むプラスチック類が占めている。また、日本海側で漂着が多いのが分かる。
海洋プラスチックの問題を解決していくうえでは、法律の整備に基づいた生産・使用削減やリサイクルシステムの改良などが重要な手立てになるが、そうした政策面での改善は、日本はまだ遅れを取っている。
2018年6月にカナダで開催されたG7シャルルボア・サミットにて、プラスチックの製造、使用、管理及び廃棄に関して、より踏み込んで取り組むとする「G7海洋プラスチック憲章」に、日本とアメリカだけが署名しなかったことが、それを示す顕著な例となります。
問題の解決に向けて
プラスチックごみの問題を解決するために必要なことの基本は、いわゆる3Rです。リデュース(Reduce)=出すごみの総量を減らすこと。リユース(Reuse)=再利用すること。リサイクル(Recycle)=再生産に回すこと
これを徹底することが、海に流入するプラスチックを減らすことにつながる。とりわけ、プラスチック生産量の多い日本の場合、重要となるのは生産・使用を「リデュース=減らすこと」。
特に、日本でも廃プラの約半分を占める「使い捨て用が中心の容器包装等のプラスチック」(※20)を減らすことで、最も効果的なリデュース推進が可能となります。
世界では、使い捨てプラスチックの代表格であるレジ袋の使用規制が、2018年2月の時点で45か国以上で発効、若しくは、議会承認を受けています。課税・有料化を決めた国を含めると60か国に上ります(※16)。
日本でも神奈川県が、鎌倉市の海岸に打ち上げられたシロナガスクジラの胃の中からプラスチックごみが発見されたことをきっかけに、2030年までのできるだけ早期に、リサイクルされない、廃棄されるプラごみゼロを目指すとの「かながわプラごみゼロ宣言」を行った。
今日本では、これら先進事例に学びながら、負の遺産ならぬ負のプラスチックごみを未来の世代にのこすことのないよう、取り組みの強化が求められている。
海洋プラスチック問題に対するWWFジャパンの取り組み
国際的にもその深刻さがクローズアップされる「海洋プラスチック問題」。その解決に向けて、WWFジャパンでは特に、「使い捨て用プラスチック」の使用削減を中心とした取り組みを推進していきます。
プラスチックごみへの日本と海外の対応
海外ではプラスチックの生産・使用自体を削減する動きが、さらに加速しつつある。例えば2018年6月にカナダで開かれたG7シャルルボワ・サミットでは、「海洋プラスチック憲章」が提示されました。
「海洋プラスチック憲章」自体は、2030年に向けて先進国各国で海洋プラスチック問題に取り組んでいくための大枠を定めたもので、問題解決には十分な内容とは言えませんが、日本はアメリカと並び、この「憲章」への署名を見合わせました。
その後、国内外から日本に対し、プラスチック問題へのより責任ある取組への要請が高まったこともあり、日本では2019年6月に大阪で開催予定のG20サミットに向け、世界のプラスチック対策をリードしていくことを目指して「プラスチック資源循環戦略」を策定中です。
しかし、海外では既に45か国以上でレジ袋の使用禁止が議会承認されています。また欧州連合の下院に当たる欧州議会では、2018年10月24日に、代替可能な使い捨てプラスチック、例えばストロー、食器、綿棒、マドラー等の使用を2021年から禁止する法案を可決。
また主要なプラスチックごみである、たばこのフィルターについても2030年までに8割削減するとしています。また、マレーシア政府は、使い捨てプラスチック削減のロードマップを発表しましたが、そこでは2030年までに使い捨てプラスチックの使用を全面的に禁止するとしています。
このように世界ではプラスチックを減らす動きが加速しており、海洋プラスチック問題の深刻さと今後への影響、そしてプラスチックの大量生産・使用国としての日本の立場を考えるならば、日本は「憲章」の内容に合わせることでなく、その内容を十分に上回る取り組みを約束することが求められるといえる。
日本で取り組むべきこと:使い捨て用プラスチックを中心としたリデュース(削減)
大量のプラスチックが日常的に利用される暮らしが当たり前になっている日本は、1人当たりの容器包装等プラスチックの発生量が世界で2番目に多く、世界第3位のプラスチックの生産国として、世界の海洋プラスチックごみ問題の一因を作りだしていることは事実です。
使用量を削減するための代替品として、バイオマスプラスチックや、生分解性プラスチック、紙などの利用への移行が考えられます。
だだ、これらについては、本当に環境への影響がないといえるのか、また紙のように森林の破壊につながる可能性のある資源については、その持続的な利用が担保できる状態での代替品への移行が可能なのかを、慎重に検討していくべきと考えます。
例えばヨーロッパでは、オキソプラスチックという酸化型生分解性プラスチックが、潜在的にマイクロプラスチックによる環境汚染の原因となる、非常に小さな粒子に分解されるとして、使用規制に向けた動きが進んでいます(※29)。
海外と同様日本でも、廃棄されるプラスチックの約半分がレジ袋やペットボトルを含めた「容器包装等/コンテナ類」として使われているもの。これらの多くが使い捨てされています。
プラスチックに代わる代替品が十分に確立されていない中で、削減余地の大きい「使い捨てプラスチック」の生産・使用を減らしていくことこそが、日本でも優先的に取り組むべき課題として重要なものであるとWWFジャパンは考えています。
日本で取り組むべきこと:サーマルリカバリーを含む燃焼処理からの脱却
日本では、プラスチックのリサイクル、有効利用が進んでいるとする意見が聞かれますが、実はこの中身には、焼却による「熱エネルギーとしての再利用」が多く含まれています。
これは、「サーマルリカバリー」「サーマルリサイクル」「熱回収」といった呼称で呼ばれますが、プラスチック資源としての再利用を目指した取り組み(マテリアルリサイクル)とは根本的に異なります。
地球温暖化が全人類の問題となっている中で、原油由来のプラスチックの燃焼処理を推進することは、今世紀後半の実質的な温室効果ガス排出ゼロを目指すパリ協定の理念、そして、2050年までの温室効果ガス排出量80%削減を目指す日本の姿勢とも明らかに矛盾するものです。
ヨーロッパ他の先進国では、サーマルリカバリーは、リサイクルとはみなされていません。したがって、日本政府がサーマルリカバリーを推進するかのような文脈でプラスチックの資源循環戦略を進めるとした場合、国内外で受け入れられない可能性もあります。
WWFジャパンの取り組み
日本はこれから、海洋プラスチックごみ問題に、どのように取り組むべきなのか。WWFジャパンは、海洋プラスチックごみ問題の解決に取り組むNGOや市民団体と、「減プラスチック社会を実現するNGOネットワーク」を結成し、今後の海洋プラスチック問題に日本としてどう取り組むべきかの議論を重ねてきました。
そして、2018年10月29日、環境大臣向けに「減プラスチック社会提言書」を「減プラスチック社会を実現するNGOネットワーク」による共同提言として提出。
「減プラスチック社会提言書」は、海洋プラスチック問題の解決に向け、2030年までに日本が「減プラスチック社会」転換することを図るものです。
その中で、使い捨てプラスチックの大幅使用削減、サーマルリカバリー(熱回収)を含むプラスチックの燃焼処理への依存からの脱却、そして、それらを促進する法的規制の導入を骨子としています。使い捨てプラスチック削減については、2018年10月に環境省が素案として示した、「2030年までの使い捨て(ワンウェイ)プラスチックの使用削減25%」を大幅に上回る「最低でも50%以上の削減」を求めています。
減プラスチック社会提言書
WWFジャパンで引き続き、「減プラスチック社会を実現するNGOネットワーク」のメンバーをはじめ、国内外でこの問題に取り組む研究者、諸機関、団体、企業等と共に、問題の解決を目指した取り組みを推進していきます。
また、サンゴ礁をはじめ、世界でも貴重な海洋生態系が残る南西諸島の島々などをフィールドに、地域の市民団体などと協力した、海岸に漂たゴミのクリーンアップなども行なってゆきます。
https://www.wwf.or.jp/activities/basicinfo/3776.html