TBA

(仮)

成長

2017-02-25 | 本と雑誌

なんか春一番吹いてからのほうが寒い。

きょうなんかは、ちょっとあったかいお正月の感じがした。

まわりが静かすぎて気持ちわるいくらい。

プレミアムフライデーで旅行してたりするんだろうか。




NHK上方漫才コンテストを見てて、

ふつうに漫才が見られるかと思ったら、

予選6組中の2組がピン芸人。

いまはピンの人も出られるんだなあと思ってたら、まさかの優勝。

まあそういうルールだからしかたないんだろうけど、

優勝ってなってしまうと、なんかちょっともやもや…


アインシュタインの人だったと思うけど、

「せめて漫才に負けたかった」っていうのがすべてな気がする。

ピン芸人も入れるなら上方お笑いコンテストにすればいいし、

漫才コンテストなんだから漫才で争ってほしいなあと。


R-1だって落語家が優勝してないっていう人もいるみたいだけど、

もともとR-1も別に落語の本芸で争ってたわけじゃない。

落語は落語のコンテストがあるし、

ピン芸人にはピン芸人のコンテストがある。

なんかすっきりしない感じ。

カウスさんとか巨人さんの意見が聞きたいな。





全然、関係ないけど、

さいきん読んだニュースで、へーって思ったのは、

14歳と77歳とでは別人っていうやつ。

三つ子の魂百まで、っていうのにも信憑性はあるような気がするから、

どっちが正しいってわけでもないんだろうけど。


ただ、やたらと「成長」を求められる風潮もしんどいなあと。

「士別れて三日、即ち更に刮目して相待すべし」っていうのも、

特別な例なんだろうし。



「ジブリの教科書」のシリーズを読んでて息苦しくなるのは最後の解題。

若手監督の「借りぐらしのアリエッティ」でも同じ。

人間ってそんなに「成長」しないといけないもんなのかな。

常に研鑽して高みをめざさなければならない、みたいな。

みんなが成長して理想の生き物になれば、

争いもなくなって国境もいらなくなるみたいな、

そういう思想を押しつけられているような感じ。


でも、みんなけっこうマンネリが好きなはずだし、

環境が変わるのは苦手な人だって多いはず。


人は全能の神にはなれないし、

欠点があるからこそ生きてるってすばらしいのだと思いたい。



梨木果歩さんが「わたしたちは そうかんたんに ほろびたりしない」

という言葉をクローズアップしているけれど、

たぶん日本人は戦災があっても天災があっても原発事故があっても、

人類が滅亡するとは思っていないと思う。


欧米の終末ものだと、すぐに無政府状態になって、

力と暴力が支配する世の中になって、ってなる感じだけど、

日本のものだとそうはならずになんとか希望を見つけて、

生き延びようとするものが多いし。


それはこの自然災害の多いせまい島国に数千年生きてきて、

いろんな厄災をなんとか乗り切ってきた自信が、

無意識のうちにあるからなんだろうし、

人は完ぺきではないということもちゃんとわかっているからだと思う。

(阪神淡路にしろ東日本にしろそういう人がトップにいた不幸はあるような)


完ぺきではないと自覚しているからこそ、

日ごろから努力を怠らないし、注意も忘れない。

うまくいかないことがあっても簡単にこころが折れたりしないし、

なにかのせいにしたりもしない、はず。



で、この本のけっこうな分量でジブリの若手育成に触れてるんだけど、

結局、このあと米林さんはプロデューサーごとジブリを離れてしまうし、

まだどんなものかわからないけど、

アリエッティやマーニーのような路線のものを作ったみたい。

ふつうに考えたらジブリでは作らせてもらえなかったんだろうなって思ってしまう。


「成長」って人からさせられるものではないし、

強要されるものでもないのかも。


そして、やっぱり宮崎駿さんも監督復帰されるみたいだけど、

それには米林さんが新作を作ったっていう刺激もあるんだろうし、

ジブリ的なテーマの成長を感じるとかいうようなものでなく、

評論家にまたかって思われても、描きたいものを描いてほしいと思うし、

理屈っぽい批評を、これでどうだってねじ伏せることができるような、

痛快なものを作ってくださるといいなと思う。
コメント
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