2022年12月30日(金)
#411 10CC「DECEPTIVE BENDS」(Mercury 836 948-2)
英国のロック・バンド、10ccの5枚目のスタジオ・アルバム。77年リリース。彼ら自身によるプロデュース。
10CCは72年8月にレコード・デビューした4人編成。だが、すでに60年代よりいくつかのバンドで活動し、レコードも出しているようなメンバーばかりだったので、まったくの新人ではなかった。
中でも、ベース(主に担当)のグレアム・グールドマンは、ヤードバーズの「フォー・ユア・ラヴ」、ホリーズの「バス・ストップ」の作曲者として知られていた。
そういう彼らが生み出した新人離れしたサウンドは、瞬く間に注目を集めていく。
日本では75年、サード・アルバムよりカットされた「アイム・ノット・イン・ラヴ」のヒットでメジャーな存在となった。
その後、76年のアルバム「びっくり電話」も好評を得るが、ゴドレイとクレーム、そしてスチュワートとグールドマンの2組の間で音楽性の違いによる対立が表面化し、前者は脱退してしまう。
残るふたりと、新ドラマー、ポール・バージェスによって制作されたのが、この「DECEPTIVE BENDS」(邦題「愛ゆえに」)である。ドラムス以外のパートは、ふたりが演奏している。
シングル・ヒットともなった「グッド・モーニング・ジャッジ」でスタート。アップ・テンポのロックンロールだが、その軽快な曲調とは裏腹に、歌詞内容はブラック・ユーモアに満ちたもの。女性に夢中になったせいで殺人を犯してしまった男のモノローグなのである。
そう、このブラックな部分こそが、10CC「らしさ」といっていい。皮肉や諧謔、社会風刺といった「ウラ」のニュアンスを、ポップなサウンドに滑り込ませることで、彼らは独自の世界を築き上げていた。
次の日本でも大ヒットした「愛ゆえに」も、スーッと聴けば普通のラヴ・ソングにしか聴こえないかも知れない。特に英語が母語ではないわれわれ日本人においては、そうなるだろう。
だが、美しいバラードという外装の裏には、いくつもの仕掛け、トラップが散りばめられていて、わかる人は何度もクスッとくる、そういうことなのである。
「マリッジ・ビューロー・ランデブー」はビートルズばりの美しいコーラスが印象的なロック・バラード。
ビートルズ、ことにポール・マッカートニーには彼らは強い影響を受けているようで、のちにエリック・スチュワートはマッカートニーとコラボするまでに至っている。彼らは本気でポスト・ビートルズを目指していたのだ。
「恋人たちのこと」もシングル・カットされてヒットしている。これもまた、メロディが美しいラヴ・バラード。
この曲をやるかやらないかで大揉めになり、あげくゴドレイたちが脱退するに至ったという、いわくつきのナンバーだ。確かにやたら甘々な曲調で、好みが分かれる曲だなぁ。女性ウケはしそうだけど。
A面ラストの「モダン・マン・ブルース」は、タイトル通りのブルース・スタイルのナンバー。途中に激しいテンポ・チェンジを入れて、変化をつけているのが彼ららしい。この曲のギター・ソロを聴くと、黒人ブルースの強い影響を感じる。オープニング曲もそうだが。
どれだけ洗練されていても彼らの音楽の基本は、ブルースやロックンロールといった、泥臭い過去のビート・ミュージックなのだ。
つまり、ビートルズをはじめとする、ほとんどのバンド少年たちが通ってきた道と同じだ。筆者もそのあたりに親しみを感じてしまう。
シングル向きの曲を羅列した感じの強かったA面とは違って、B面はコンセプトがはっきり感じられる構成になっている。
言ってみれば、10CC流アビイ・ロードといいますか。ぜひ一曲ずつでなく、通しで聴いていただきたい。
「ハネムーン・ウィズ・Bトゥループ」はアップ・テンポのロックンロール。3分足らずで終わり、「フラット・ギター・テューター」につながる。こちらはフォー・ビートのジャズ風小曲。
そして「ユーヴ・ガット・ア・コールド」は、はねるビートを強調した、エイト・ビートのロック。いずれも短かめだが、ビシッとまとまった良曲である。そして、それぞれ歌詞に含まれるユーモアが、いいスパイスとして効いている。
ラストの「フィール・ザ・ベネフィット」は3部に分かれた組曲構成。11分半に及ぶ、本作最長にして最大の聴きものだ。「レミニッセンス・アンド・スペキュレーション」は、ピアノ、オーケストラのアレンジが美しいバラード。
続く「ア・ラテン・ブレイク」は文字通りラテン・ビートを導入した、フュージョン・サウンド。ギター・リフがイカしている。高中正義あたりもこれ、参考にしたんじゃないかな。
そしてラスト・パートの「フィール・ザ・ベネフィット」で締めくくりとなる。マッカートニーを意識しまくりの、ドラマチックなロック・バラード。ここでの延々と続く泣きのギター・ソロは、ブルース・フィーリングにあふれていて本当にいい。
このアルバムの後は、メンバーも補充してバンドは新たな体制となる。そしてアルバムも4枚出した10CCだったが、83年の「都市探検」を最後に活動を終えてしまう。
考えてみれば、「愛ゆえに」をリリースした77年がバンドとしてのピークだったような気がする。ちょっと残念だが。
バンドとしてのポテンシャルはとてつもなく高かったのだが、「愛ゆえに」「アイム・ノット・イン・ラヴ」に代表されるヒット曲に引きずられて、「ラヴ・ソングのバンド」「女性向け」みたいなイメージが付いてしまったのも、結果的に災いしたのかもしれない。
だが、10CCのサウンドの素晴らしさは、いまだに色褪せていない。マンチェスター出身のロック・バンドとしては、今も王座に君臨し続けているのだ。
ポップなセンスと高い音楽性を両立させた稀有なバンドとして、これからも聴き継がれるに違いない。
<独断評価>★★★★☆
英国のロック・バンド、10ccの5枚目のスタジオ・アルバム。77年リリース。彼ら自身によるプロデュース。
10CCは72年8月にレコード・デビューした4人編成。だが、すでに60年代よりいくつかのバンドで活動し、レコードも出しているようなメンバーばかりだったので、まったくの新人ではなかった。
中でも、ベース(主に担当)のグレアム・グールドマンは、ヤードバーズの「フォー・ユア・ラヴ」、ホリーズの「バス・ストップ」の作曲者として知られていた。
そういう彼らが生み出した新人離れしたサウンドは、瞬く間に注目を集めていく。
日本では75年、サード・アルバムよりカットされた「アイム・ノット・イン・ラヴ」のヒットでメジャーな存在となった。
その後、76年のアルバム「びっくり電話」も好評を得るが、ゴドレイとクレーム、そしてスチュワートとグールドマンの2組の間で音楽性の違いによる対立が表面化し、前者は脱退してしまう。
残るふたりと、新ドラマー、ポール・バージェスによって制作されたのが、この「DECEPTIVE BENDS」(邦題「愛ゆえに」)である。ドラムス以外のパートは、ふたりが演奏している。
シングル・ヒットともなった「グッド・モーニング・ジャッジ」でスタート。アップ・テンポのロックンロールだが、その軽快な曲調とは裏腹に、歌詞内容はブラック・ユーモアに満ちたもの。女性に夢中になったせいで殺人を犯してしまった男のモノローグなのである。
そう、このブラックな部分こそが、10CC「らしさ」といっていい。皮肉や諧謔、社会風刺といった「ウラ」のニュアンスを、ポップなサウンドに滑り込ませることで、彼らは独自の世界を築き上げていた。
次の日本でも大ヒットした「愛ゆえに」も、スーッと聴けば普通のラヴ・ソングにしか聴こえないかも知れない。特に英語が母語ではないわれわれ日本人においては、そうなるだろう。
だが、美しいバラードという外装の裏には、いくつもの仕掛け、トラップが散りばめられていて、わかる人は何度もクスッとくる、そういうことなのである。
「マリッジ・ビューロー・ランデブー」はビートルズばりの美しいコーラスが印象的なロック・バラード。
ビートルズ、ことにポール・マッカートニーには彼らは強い影響を受けているようで、のちにエリック・スチュワートはマッカートニーとコラボするまでに至っている。彼らは本気でポスト・ビートルズを目指していたのだ。
「恋人たちのこと」もシングル・カットされてヒットしている。これもまた、メロディが美しいラヴ・バラード。
この曲をやるかやらないかで大揉めになり、あげくゴドレイたちが脱退するに至ったという、いわくつきのナンバーだ。確かにやたら甘々な曲調で、好みが分かれる曲だなぁ。女性ウケはしそうだけど。
A面ラストの「モダン・マン・ブルース」は、タイトル通りのブルース・スタイルのナンバー。途中に激しいテンポ・チェンジを入れて、変化をつけているのが彼ららしい。この曲のギター・ソロを聴くと、黒人ブルースの強い影響を感じる。オープニング曲もそうだが。
どれだけ洗練されていても彼らの音楽の基本は、ブルースやロックンロールといった、泥臭い過去のビート・ミュージックなのだ。
つまり、ビートルズをはじめとする、ほとんどのバンド少年たちが通ってきた道と同じだ。筆者もそのあたりに親しみを感じてしまう。
シングル向きの曲を羅列した感じの強かったA面とは違って、B面はコンセプトがはっきり感じられる構成になっている。
言ってみれば、10CC流アビイ・ロードといいますか。ぜひ一曲ずつでなく、通しで聴いていただきたい。
「ハネムーン・ウィズ・Bトゥループ」はアップ・テンポのロックンロール。3分足らずで終わり、「フラット・ギター・テューター」につながる。こちらはフォー・ビートのジャズ風小曲。
そして「ユーヴ・ガット・ア・コールド」は、はねるビートを強調した、エイト・ビートのロック。いずれも短かめだが、ビシッとまとまった良曲である。そして、それぞれ歌詞に含まれるユーモアが、いいスパイスとして効いている。
ラストの「フィール・ザ・ベネフィット」は3部に分かれた組曲構成。11分半に及ぶ、本作最長にして最大の聴きものだ。「レミニッセンス・アンド・スペキュレーション」は、ピアノ、オーケストラのアレンジが美しいバラード。
続く「ア・ラテン・ブレイク」は文字通りラテン・ビートを導入した、フュージョン・サウンド。ギター・リフがイカしている。高中正義あたりもこれ、参考にしたんじゃないかな。
そしてラスト・パートの「フィール・ザ・ベネフィット」で締めくくりとなる。マッカートニーを意識しまくりの、ドラマチックなロック・バラード。ここでの延々と続く泣きのギター・ソロは、ブルース・フィーリングにあふれていて本当にいい。
このアルバムの後は、メンバーも補充してバンドは新たな体制となる。そしてアルバムも4枚出した10CCだったが、83年の「都市探検」を最後に活動を終えてしまう。
考えてみれば、「愛ゆえに」をリリースした77年がバンドとしてのピークだったような気がする。ちょっと残念だが。
バンドとしてのポテンシャルはとてつもなく高かったのだが、「愛ゆえに」「アイム・ノット・イン・ラヴ」に代表されるヒット曲に引きずられて、「ラヴ・ソングのバンド」「女性向け」みたいなイメージが付いてしまったのも、結果的に災いしたのかもしれない。
だが、10CCのサウンドの素晴らしさは、いまだに色褪せていない。マンチェスター出身のロック・バンドとしては、今も王座に君臨し続けているのだ。
ポップなセンスと高い音楽性を両立させた稀有なバンドとして、これからも聴き継がれるに違いない。
<独断評価>★★★★☆