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音曲日誌「一日一曲」#286 ボビー・マクファーリン「Walkin'」(Spontaneous Inventions/Blue Note)

2024-01-16 05:57:00 | Weblog
2013年9月22日(日)

#286 ボビー・マクファーリン「Walkin'」(Spontaneous Inventions/Blue Note)

黒人ジャズシンガー、ボビー・マクファーリン、86年リリースのサード・アルバムより。リチャード・カーペンターの作品。





ボビー・マクファーリンは50年ニューヨーク生まれの西海岸育ち。両親はクラシック歌手で、彼も幼少時より正規の音楽教育を受け、ピアノをマスターしている。

20代になりジャズ・ボーカルを志すようになり、ニューオリンズへ修行に。西海岸に戻って、コメディ俳優にして歌手のビル・コスビーの知己を得て、プレイボーイ・ジャズ・フェスティバル(80年)に参加。

これにより一躍注目を集め、東海岸でレコードデビューを果たす。

彼のボーカルスタイルは「ユニーク」と呼ばれることが多いのだが、まずはきょうの一曲を聴いていただければ、その理由がただちに判るのではなかろうか。

「Walkin'」といえば、ジャズファンなら知らぬ者もいない名曲。マイルス・デイヴィス、54年発表のアルバムのタイトル・チューンである。

86年2月28日、ロスの「アクエリアス・シアター」でのライブ録音から。おなじみのテーマをソプラノサックスで吹き始めるのは、ウェザー・リポートの看板男、ウェイン・ショーター。続いてこれにスキャットで絡むのがマクファーリンである。

これがもう、圧巻のひとこと。サックスと声、ふたつの「楽器」が、ありとありとあらゆる音階、持てるテクニックのすべてを駆使して、究極の音空間を構築しているのである。とにかく聴いてみれば、納得が行くはず。

CDアルバムと並行して、ライブステージを収録しているDVDも出ているのだが、そちらを観ると、ほぼマクファーリンの独演会。ゲストミュージシャンはショーターひとりで、あとはマクファーリンのボーカル「のみ」。

主旋律にベースラインを巧みに織り込みつつ、体や椅子をリズミカルに叩きながら歌うマクファーリン。たったひとりで生み出す、その粘っこいグルーヴは「スゴい!」としかいいようがない。

かといって、テクニック一辺倒なわけでもない。客席と和やかなコミュニケーションをとりつつ、ユーモアもふんだんに交えたそのステージングは、いかにも人間臭いのだ。

マクファーリンはこの2年後、映画「カクテル」の挿入歌としても有名な「Don't Worry, Be Happy」を大ヒットさせる。なんと全米ナンバーワンである。

歌、コーラス、口笛、ボイスパーカッション等、すべてを自分の声の多重録音で作り上げたその驚異的なサウンドが、聴き手を感嘆させたということである。でも、ただそれだけじゃ、絶対、ナンバーワンにはなりえない。

マクファーリンの歌にあるユーモア、人間性、人生観、そういったものが、ストレスの溜まった現代人にはオアシスのように感じられたのだ。

音楽は本来、楽しいもの。その原点に常に立ち返って、まるで子供のように自由に歌うマクファーリンがアピールしたのは、むべなるかな。

先端的でときには難解な音楽もやる一方、親しみやすいポップ・チューンも生み出す。この二面性がマクファーリンの魅力といえそうだ。

さて、余談だが、この「Walkin'」の作者、リチャード・カーペンターって誰?って声が上がりそうなんで、ちょっと調べてみた。もちろん、50年代という時代からいって、あのカーペンターズの兄、リチャードってことはありえない(笑)。

実はこの曲、マイルスがサックス奏者ジーン・アモンズの曲「Gravy」からほぼそのまま引用して作ったナンバーだったのである。だったら、アモンズのクレジットが入りそうなもんだが、50年代当時、アモンズのマネージャーをやっていた男が、リチャード・カーペンター。

もちろん曲の書けるミュージシャンではなく、むしろ歓楽街の顔役的な存在で、アモンズの楽曲の権利も、ちゃっかり横取りしていたのだ。ボビー・ブランドとドン・ロビーの関係みたいなもので、いつの時代も自分は苦労せずに人の上前をハネる「音楽ゴロ」みたいなのがいるのであるね。

というわけで、実質的にはアモンズの作品を、ショーターとマクファーリンという鬼才ふたりが奏でた壮絶な一編。ぜひ聴いてみてほしい。