このクリアファイルの写真を見ているだけで涙がこみ上げてきそうになります。
ぼくはデザインの仕事をしていて、この写真を扱ったこともあるのですが、その発注者からは画像下の写っていないグレー部分はいらないからカットしてくれとの要請に対して(心の中で怒りを覚えながら)この写真はそのグレー部分があってこその写真なんだと断固として反対しました。
この写真が撮影されたのはちょうど10年前の2010年6月13日22時02分。
撮影者は小惑星探査機「はやぶさ」です。
彼「はやぶさ」が度重なるトラブルの末、満身創痍でやっと帰ってきた地球。
小惑星イトカワから採取したカケラが入っている再突入カプセルを地球に向けて切り離した後、本来はそのまままた地球から離れる軌道を取るはずだったのですが、もう彼にはそんな余裕は無くカプセルと共に地球に飛び込むしかありませんでした。
当然カプセルとは違い彼は再突入用には作られていないにもかかわらずです。
地球まであと7万kmの所でカプセルを切り離し、すべての役目を終えた彼は後はもう地球に飛び込む瞬間を待つだけとなりました。
そこで運用スタッフは最後に彼に故郷の姿を見せてあげようと考えました。
しかし、遠方から星を見つけるスタートラッカーは前面に付いてはいても詳細に撮影するカメラは側面に設置されているのですが、その彼にはもう姿勢を制御し地球の姿を捉えることすら困難な状態でした。
2時間かけ機体を回転させ、安定しない姿勢に何度も失敗した末にようやく「彼の目」が捉えた地球の姿。
あまりに眩しい地球にフレアが出て滲み、その上フレームから切れてしまっているこの写真に学術的な意味は無く、ただ生まれ故郷の姿を彼に見せてあげたいというスタッフからの彼への最後の労いの想い。
何度もトライをし、それが残された時間的に本当に最後のワンチャンとなり、画像データ送信中に受信していた内浦のアンテナから彼は水平線下に入り通信途絶となりました。
それが写真下方のグレー部分。
よく見ると右下にある1ドット途中で受信が切れたことが分かります。
そんな最後の最後まで挑戦し続けた彼はその24分後に地球の大気圏に再突入し、空力加熱によりその身を溶かし大気の一部となることで帰還を果たしました。
惑星間航行していた彼は史上2番目となる超高速の突入体となり、身を崩壊させながらも尚も貴重な観測データとして最後の最後まで我々人類の発展に貢献してくれた彼。
前述の作業や幾つかの仕事を終え深夜帰宅時、ふと見上げた空にもうその彼はいないんだなとしんみりしながら自宅に入るとリビングテーブルの上には当時8歳の娘が寝る前に描いたらしきこの1枚がありました。
イオンエンジン3基を光らせ力強く航行するはやぶさの姿。
これにはとうとう留めていた涙がポロポロと落ち始め、声を出し泣いてしまいました。
10年経った今年の12月には彼の後継機「はやぶさ2」が小惑星リュウグウからの帰還を果たす予定です。
数えるとキリがないほどのはやぶさを襲った事から学び作られ運用されているはやぶさ2は航行が危うくなるほどのトラブルは皆無で順調に地球帰還のコースを辿っている彼。
このままであれば余裕のある彼は地球の大気に飛び込む事なくカプセルを切り離した後はまた地球を離れ航行を続けるそうです。
あの夜、空を覆う眩いばかりの光に包まれ帰還を果たした初代はやぶさと違い今度はカプセルが引く一筋の流れ星という姿にはもうあのドラマチックさはないかも知れません。
しかし、それは彼が遺してくれたものがあったからこそです。
彼が遺した成果を充分に活かし帰還するはやぶさ2を盛大に迎えてあげれる世の中になっている事を願うばかりです。