寒いです。
冬場は寒くてもがんばって走っていたのに、一旦暖かくなるともう寒い中走りに出る気力がわきません。
しかもまた花粉症もぶりかえしてきて……
なのでまたまた当ブログのタイトル通りな内容でなくてすみません……
ネタ写真的な小物をまたつくりました。
凱旋したその次の週末には大洗リゾートアウトレットでは優勝記念大バーゲンセールが開催されました。
自動車部の大奮闘によりとりあえず外観だけは修理完了です。
そんな設定での一幕です。
このあと水戸市や近隣市町村からもひっぱりだこなこの戦車たち。
きっとスケジュール的に、ある場所ではM3とB1bisしか展示されていない…とかあるかもしれませんね。
そう!ぼくたちおじさん世代にとってはアレと同じですよ。
近所のショッピングセンター屋上でスーパーカーショーがある!!と知って行ってみたら……
カウンタックや512BBはおらず、マセラティ・メラク、デ・トマソ・パンテーラとかポルシェ914、コルベット・スティングレイくらいしか来ていなくひどくがっかりしてしまうあの感じ……
そんな妄想をしてしまいます。
早く展示車両を増やしてあげたいのですが、B1bisはスカートを切断しなければいけないことがわかり専用道具購入を迷っているところだし、III突はタミヤ製ではないのでいかにも苦労してしまそうなところが……なかなか手を動かせていない状態です。
だからこんな小ネタに走ってしまうんですね。
大洗ホテルさんのブログ
「ガルパンが大洗にもたらしてくれたもの」
http://d.hatena.ne.jp/oarai-hotel/20130330/1364648903
なんか泣けちゃう。
でも…最後に貼られている大洗駅の写真…
大洗町民みんながガルパンを知っているわけでもないだろうに、おばあちゃんとか、現実になんかのスポーツで大洗の学校が優勝したとか思っちゃうんじゃ?
ぼくがガールズ&パンツァーに夢中になったのはもちろん戦車と女子高生というありえない組み合わせに魅了されたわけですが、音楽によるところも大きかったと思います。
昔見た戦争映画に使われた音楽が吹奏楽で蘇り美しいビジュアルをさらに色どります。
パンツァー・リートはぼくたち戦記好きには神曲ですしリパブリック讃歌はヨドバシカメラのCMでおなじみですね。
うちの娘がサンダース高のテーマ「アメリカ野砲隊」をソプラノ笛でさらっと吹いた時にはびっくりしました。
それどころかエレクトーンでも弾けるんです。
べつにそれはこのガルパンとは関係は無く、通っているヤマハ音楽教室のカリキュラムでこの曲の原曲「ケーソン・ソング」が入っているんです。
それ以前にも聖グロリアーナ女学院のテーマ「ブリティッシュ・グレナディアーズ」も習ったそうです。
日本の教育現場では軍備・戦争というのを極端に嫌います。
もちろん戦争反対はあたりまえのことでその教育は正しいのですが、わりと間違った方向に行っていますよね。
反対するにもちゃんと知識を持っていなければならないのに、まるで臭いものにフタをするかのようにまるで無視。
縄文時代のことには時間をかけるのに「過ちを繰り返さないためにも」一番大事なはずな近代のことは学年末近くというのもあってさらっと急ぎ足で習うだけです。
ぼくは幼いころから戦記ものを読んでいたためにそこそこ知識はありました。
降伏調印が行われた場所を先生が「ミーズリ号」と言ったことに対し「ミズーリ号」ですと意見したときには、なんだかよくわからない反論で無かったことにされました。
3月10日に「なにか東京大空襲について知っていること」との問いかけに、ぼくは手をあげて発表する機会を得ました。
真珠湾攻撃で得た制空権をその後次々と失いついに帝都東京への大空襲を許してしまったことを言おうとしたのに「おいおい…真珠湾攻撃は関係ないだろう」をバカにした笑いを浮かべながら途中で座らされました。
このことから学校の先生に対して、少なくとも歴史の教育に関しては今でも不信感をもっています。
話は大きく逸れましたが、なぜそんな教育現場においても昔の軍隊を鼓舞させる曲(やそんな映画の曲)が残っているのだろう?
「双頭の鷲の旗のもとに」や「クワイ川マーチ」なんて普通に運動会などで使っていました。(今はさすがにヒット曲とかが多いけど)
日本の軍歌はまったく無視されているのにです。
違いは、意味がわかるかどうかですよね。
日本語だとその歌が意味するもの、歌われる状況がちゃんとわかってしまう。
ところが欧米の曲であればわからない。
「ケーソン・ソング」なんて弾薬箱(ケーソン)を積んだ馬車が力強く前線をかけめぐる歌です。
バーションによっては、最後おれたちが死んだ後あのケーソンに詰められて戻っていくのだ、なんて歌詞です。
パンツァー・リートも勇猛果敢に進撃する我らが戦車隊、最後は敵の弾をくらい天に召されて戦車が我が墓標となる、みたいな歌詞なのに高校野球の応援曲に使われたこともありました。
それは意味がわかっていないからということなのでしょう。
どうして音楽を教えるからにはその曲のことを少しでも調べたりしないんだろう。
そんな疑問をこのガルパン音楽を聴きながら考えました。
明日、我が家のネット環境がガラリと変わります。
なのでもし設定等がうまくいかない場合は少しの間途絶状態にあるかもしれません。
かきこみがなくとも別に自転車でひっくり返って大変なことになっているわけではありません(多分…)のでご心配なく。
冬場は寒くてもがんばって走っていたのに、一旦暖かくなるともう寒い中走りに出る気力がわきません。
しかもまた花粉症もぶりかえしてきて……
なのでまたまた当ブログのタイトル通りな内容でなくてすみません……
ネタ写真的な小物をまたつくりました。
凱旋したその次の週末には大洗リゾートアウトレットでは優勝記念大バーゲンセールが開催されました。
自動車部の大奮闘によりとりあえず外観だけは修理完了です。
そんな設定での一幕です。
このあと水戸市や近隣市町村からもひっぱりだこなこの戦車たち。
きっとスケジュール的に、ある場所ではM3とB1bisしか展示されていない…とかあるかもしれませんね。
そう!ぼくたちおじさん世代にとってはアレと同じですよ。
近所のショッピングセンター屋上でスーパーカーショーがある!!と知って行ってみたら……
カウンタックや512BBはおらず、マセラティ・メラク、デ・トマソ・パンテーラとかポルシェ914、コルベット・スティングレイくらいしか来ていなくひどくがっかりしてしまうあの感じ……
そんな妄想をしてしまいます。
早く展示車両を増やしてあげたいのですが、B1bisはスカートを切断しなければいけないことがわかり専用道具購入を迷っているところだし、III突はタミヤ製ではないのでいかにも苦労してしまそうなところが……なかなか手を動かせていない状態です。
だからこんな小ネタに走ってしまうんですね。
大洗ホテルさんのブログ
「ガルパンが大洗にもたらしてくれたもの」
http://d.hatena.ne.jp/oarai-hotel/20130330/1364648903
なんか泣けちゃう。
でも…最後に貼られている大洗駅の写真…
大洗町民みんながガルパンを知っているわけでもないだろうに、おばあちゃんとか、現実になんかのスポーツで大洗の学校が優勝したとか思っちゃうんじゃ?
ぼくがガールズ&パンツァーに夢中になったのはもちろん戦車と女子高生というありえない組み合わせに魅了されたわけですが、音楽によるところも大きかったと思います。
昔見た戦争映画に使われた音楽が吹奏楽で蘇り美しいビジュアルをさらに色どります。
パンツァー・リートはぼくたち戦記好きには神曲ですしリパブリック讃歌はヨドバシカメラのCMでおなじみですね。
うちの娘がサンダース高のテーマ「アメリカ野砲隊」をソプラノ笛でさらっと吹いた時にはびっくりしました。
それどころかエレクトーンでも弾けるんです。
べつにそれはこのガルパンとは関係は無く、通っているヤマハ音楽教室のカリキュラムでこの曲の原曲「ケーソン・ソング」が入っているんです。
それ以前にも聖グロリアーナ女学院のテーマ「ブリティッシュ・グレナディアーズ」も習ったそうです。
日本の教育現場では軍備・戦争というのを極端に嫌います。
もちろん戦争反対はあたりまえのことでその教育は正しいのですが、わりと間違った方向に行っていますよね。
反対するにもちゃんと知識を持っていなければならないのに、まるで臭いものにフタをするかのようにまるで無視。
縄文時代のことには時間をかけるのに「過ちを繰り返さないためにも」一番大事なはずな近代のことは学年末近くというのもあってさらっと急ぎ足で習うだけです。
ぼくは幼いころから戦記ものを読んでいたためにそこそこ知識はありました。
降伏調印が行われた場所を先生が「ミーズリ号」と言ったことに対し「ミズーリ号」ですと意見したときには、なんだかよくわからない反論で無かったことにされました。
3月10日に「なにか東京大空襲について知っていること」との問いかけに、ぼくは手をあげて発表する機会を得ました。
真珠湾攻撃で得た制空権をその後次々と失いついに帝都東京への大空襲を許してしまったことを言おうとしたのに「おいおい…真珠湾攻撃は関係ないだろう」をバカにした笑いを浮かべながら途中で座らされました。
このことから学校の先生に対して、少なくとも歴史の教育に関しては今でも不信感をもっています。
話は大きく逸れましたが、なぜそんな教育現場においても昔の軍隊を鼓舞させる曲(やそんな映画の曲)が残っているのだろう?
「双頭の鷲の旗のもとに」や「クワイ川マーチ」なんて普通に運動会などで使っていました。(今はさすがにヒット曲とかが多いけど)
日本の軍歌はまったく無視されているのにです。
違いは、意味がわかるかどうかですよね。
日本語だとその歌が意味するもの、歌われる状況がちゃんとわかってしまう。
ところが欧米の曲であればわからない。
「ケーソン・ソング」なんて弾薬箱(ケーソン)を積んだ馬車が力強く前線をかけめぐる歌です。
バーションによっては、最後おれたちが死んだ後あのケーソンに詰められて戻っていくのだ、なんて歌詞です。
パンツァー・リートも勇猛果敢に進撃する我らが戦車隊、最後は敵の弾をくらい天に召されて戦車が我が墓標となる、みたいな歌詞なのに高校野球の応援曲に使われたこともありました。
それは意味がわかっていないからということなのでしょう。
どうして音楽を教えるからにはその曲のことを少しでも調べたりしないんだろう。
そんな疑問をこのガルパン音楽を聴きながら考えました。
明日、我が家のネット環境がガラリと変わります。
なのでもし設定等がうまくいかない場合は少しの間途絶状態にあるかもしれません。
かきこみがなくとも別に自転車でひっくり返って大変なことになっているわけではありません(多分…)のでご心配なく。