今回はクジャクチョウ。前翅長26~32mmの中型のタテハチョウの仲間。学名の「Inachis io (Linnaeus, 1758)」のioはギリシャ神話に出てくる女性名。ユーラシア大陸の温帯、亜寒帯域に広く分布しているが、日本を含む東アジアに分布するものは亜種 「Inachis io geisha (Stichel, 1908)」とされている。 この亜種名 "geisha" は”芸者”に由来し、鮮やかな翅の模様を着飾った芸者に喩えたものであるとされる。実際、そのとおりで翅表は赤褐色、前・後翅に大きな青白色の目玉模様があるという派手なものである。裏面は一転黒褐色となる。
日本では、北海道と本州の東北から中部地方に棲息し、北海道では低地にも見られ、本州では山地性の種である。寒冷地では年1回の発生、暖地では年2回の発生で、1回目は6月下旬~7月、2回目は8月下旬~9月に見られる。成虫で越冬する種である。幼虫の食草は、ホップ、カラハナソウ(クワ科)やイラクサ科のホソバイラクサ、エゾイラクサなどとされる。
1964年(昭和39年)に保育社から発行された、「原色日本蝶類図鑑 増補版」の箱にはミヤマカラスアゲハ(箱裏)と共に、このクジャクチョウ(箱表)の写真が用いられている。
1964年(昭和39年)保育社発行の「原色日本蝶類図鑑 増補版」の箱をミヤマカラスアゲハ(箱裏)と共に飾るクジャクチョウ(箱表)の写真
中・高校生のころ、この図鑑を買って、飽かず眺めていたが、箱の表裏の写真にあるクジャクチョウとミヤマカラスアゲハの2種や、本体の本の表紙写真にあるギフチョウはあこがれの的であった。特に、このクジャクチョウは、他の2種と違って、当時住んでいた大阪には棲息しておらず、信州にでも行かなければ見ることができないものであった。
この図鑑のクジャクチョウの項には次のような記述もあるが、稀なケースであり、普通の昆虫少年にとって遠い存在であったことに変わりはない。
「・・・中部以西には、中国・九州にも産しないが、近年四国と近畿の伊吹山に発見されたことは昆虫界の話題をにぎわすものである。・・・」
3年前に、軽井沢に住むようになり、妻からは浅間山の湯の平で、かつてクジャクチョウの乱舞するところに出会ったという話を聞いていたし、周辺の山地に出かけることが多くなったので、八千穂高原や池の平湿原などでは、このクジャクチョウに出会うこともあった。
ただ、自宅では一度それらしい姿をチラと見ただけで、庭に来ることは期待していなかった。ところが、9月下旬の昼下りに、偶然、庭のブッドレアの花に吸蜜に訪れたところを撮影することができた。続いて、10月1日、台風一過晴れ上がった朝、今度は期待した通り、再びブッドレアの花に吸蜜に訪れた。
庭のブッドレアにはこれまでも何種類ものタテハチョウ科のチョウが吸蜜に来ていたが、やはりクジャクチョウの訪問は、驚きと同時に嬉しさも一入であった。
ブッドレアの花で吸蜜するクジャクチョウ(2018.9.28 撮影)
ブッドレアの花で吸蜜するクジャクチョウ(2018.9.28 撮影)
ブッドレアの花で吸蜜するクジャクチョウ(2018.10.1 撮影)
ブッドレアの花で吸蜜するクジャクチョウ(2018.10.1 撮影)
ブッドレアの花で吸蜜するクジャクチョウ(2018.9.28 撮影)
ブッドレアの花で吸蜜するクジャクチョウ(2018.9.28 撮影)
ブッドレアの花で吸蜜するクジャクチョウ(2018.10.1 撮影)
ブッドレアの花で吸蜜するクジャクチョウ(2018.10.1 撮影)
ブッドレアの花で吸蜜するクジャクチョウ(2018.10.1 撮影)
ブッドレアの花で吸蜜するクジャクチョウ(2018.9.28 撮影)
このクジャクチョウについては、故鳩山邦夫さんの著書「チョウを飼う日々」(1996年 講談社発行)の第1章「私の原体験」にその思いが綴られているので、紹介させていただきたいが、次のように始まる。
「クジャクチョウ、それは幼いカルチャーショック
記憶や体験は遺伝子に乗って、子そして孫へと遺伝していくものなのだろうか。デジャビュー(既視感)を覚える光景とは、普通なら乳幼児期に連れていかれた場所であるケースであろうが、ひょっとすると、父や母が若いころくらしていた場所や、それに非常に良く似ている光景なのかもしれない。夢のある楽しい話である。・・・」
この後、氏の軽井沢の別荘でのクジャクチョウとの出会いが記されていく。
「私がそんなことを書いてしまうのは、チョウに魅せられてから二~三年経過した時分、夕食時に祖父(一郎・元総理大臣)が突然、『おまえたちは、オオムラサキをもう捕らえたか。ボクは子供のころ目白坂でずいぶん採ったもんだ』といい出したことが、鮮烈ということばで足りぬくらい強烈に、今でも私の記憶中枢に残っているからである。
兄が小学三年生、私が一年の時、恒例の軽井沢ぐらしの中で、母が二本の捕虫網を私たちに買ってくれたことからすべてが始まった。・・・
最初の年、つまり小学一年生の時、ある夏の日の昼下がり、兄が庭で特別に美しいチョウを採ったといって、息せき切って家に飛び込んできた。
アミから取り出した中型のそのチョウの裏は、暗闇のようにまっ黒。その黒さにも驚いたけれど、表は正反対にショッキングレッド。そこにギョロリとにらんだような美しい目玉模様がついているではないか。スゴイ、キレイ、どんな形容詞も感嘆詞も不十分に思えるようなショックと羨望が、私の胸を満たしていった。・・・
当時、私たちはまだ図鑑を持っていなかったが、どこで手に入れたのか、カラーで二十~三十種のチョウが刷り込まれている下敷きがあった。・・・その”下敷図鑑”によって二頭(注:上記の後、もう1頭をいとこが採集していた)の驚くべき美麗種が、クジャクチョウなる和名を冠されていることが判明した。・・・
クジャクチョウ。中部地方の山地には極めて普通の中型タテハチョウであり、チョウ屋の酒宴で話題になることの決してない平凡種にすぎぬ。しかし、その平凡種が小学校一年生の私に対し”神はいかにしてこの美麗なるチョウを造りたまいしか”というたぐいの衝撃を与えたのである。・・・
あまりに普通種であるがゆえに、全く関心を注ぐことのないクジャクチョウではあるが、その色彩のコントラストと眼状紋の美しさは、特筆すべき存在かもしれぬ。」
故鳩山邦夫さんのクジャクチョウに対する思いがひしひしと伝わってくる文章であるが、それは同世代の私とも共通するものである。氏の別荘は、我が家からそれほど離れていない。氏の思い出話は今から60年程も前のものであるが、その当時鳩山邦夫少年の受けた感動が、よみがえってくるようなクジャクチョウとの出会いであった。
日本では、北海道と本州の東北から中部地方に棲息し、北海道では低地にも見られ、本州では山地性の種である。寒冷地では年1回の発生、暖地では年2回の発生で、1回目は6月下旬~7月、2回目は8月下旬~9月に見られる。成虫で越冬する種である。幼虫の食草は、ホップ、カラハナソウ(クワ科)やイラクサ科のホソバイラクサ、エゾイラクサなどとされる。
1964年(昭和39年)に保育社から発行された、「原色日本蝶類図鑑 増補版」の箱にはミヤマカラスアゲハ(箱裏)と共に、このクジャクチョウ(箱表)の写真が用いられている。
1964年(昭和39年)保育社発行の「原色日本蝶類図鑑 増補版」の箱をミヤマカラスアゲハ(箱裏)と共に飾るクジャクチョウ(箱表)の写真
中・高校生のころ、この図鑑を買って、飽かず眺めていたが、箱の表裏の写真にあるクジャクチョウとミヤマカラスアゲハの2種や、本体の本の表紙写真にあるギフチョウはあこがれの的であった。特に、このクジャクチョウは、他の2種と違って、当時住んでいた大阪には棲息しておらず、信州にでも行かなければ見ることができないものであった。
この図鑑のクジャクチョウの項には次のような記述もあるが、稀なケースであり、普通の昆虫少年にとって遠い存在であったことに変わりはない。
「・・・中部以西には、中国・九州にも産しないが、近年四国と近畿の伊吹山に発見されたことは昆虫界の話題をにぎわすものである。・・・」
3年前に、軽井沢に住むようになり、妻からは浅間山の湯の平で、かつてクジャクチョウの乱舞するところに出会ったという話を聞いていたし、周辺の山地に出かけることが多くなったので、八千穂高原や池の平湿原などでは、このクジャクチョウに出会うこともあった。
ただ、自宅では一度それらしい姿をチラと見ただけで、庭に来ることは期待していなかった。ところが、9月下旬の昼下りに、偶然、庭のブッドレアの花に吸蜜に訪れたところを撮影することができた。続いて、10月1日、台風一過晴れ上がった朝、今度は期待した通り、再びブッドレアの花に吸蜜に訪れた。
庭のブッドレアにはこれまでも何種類ものタテハチョウ科のチョウが吸蜜に来ていたが、やはりクジャクチョウの訪問は、驚きと同時に嬉しさも一入であった。
ブッドレアの花で吸蜜するクジャクチョウ(2018.9.28 撮影)
ブッドレアの花で吸蜜するクジャクチョウ(2018.9.28 撮影)
ブッドレアの花で吸蜜するクジャクチョウ(2018.10.1 撮影)
ブッドレアの花で吸蜜するクジャクチョウ(2018.10.1 撮影)
ブッドレアの花で吸蜜するクジャクチョウ(2018.9.28 撮影)
ブッドレアの花で吸蜜するクジャクチョウ(2018.9.28 撮影)
ブッドレアの花で吸蜜するクジャクチョウ(2018.10.1 撮影)
ブッドレアの花で吸蜜するクジャクチョウ(2018.10.1 撮影)
ブッドレアの花で吸蜜するクジャクチョウ(2018.10.1 撮影)
ブッドレアの花で吸蜜するクジャクチョウ(2018.9.28 撮影)
このクジャクチョウについては、故鳩山邦夫さんの著書「チョウを飼う日々」(1996年 講談社発行)の第1章「私の原体験」にその思いが綴られているので、紹介させていただきたいが、次のように始まる。
「クジャクチョウ、それは幼いカルチャーショック
記憶や体験は遺伝子に乗って、子そして孫へと遺伝していくものなのだろうか。デジャビュー(既視感)を覚える光景とは、普通なら乳幼児期に連れていかれた場所であるケースであろうが、ひょっとすると、父や母が若いころくらしていた場所や、それに非常に良く似ている光景なのかもしれない。夢のある楽しい話である。・・・」
この後、氏の軽井沢の別荘でのクジャクチョウとの出会いが記されていく。
「私がそんなことを書いてしまうのは、チョウに魅せられてから二~三年経過した時分、夕食時に祖父(一郎・元総理大臣)が突然、『おまえたちは、オオムラサキをもう捕らえたか。ボクは子供のころ目白坂でずいぶん採ったもんだ』といい出したことが、鮮烈ということばで足りぬくらい強烈に、今でも私の記憶中枢に残っているからである。
兄が小学三年生、私が一年の時、恒例の軽井沢ぐらしの中で、母が二本の捕虫網を私たちに買ってくれたことからすべてが始まった。・・・
最初の年、つまり小学一年生の時、ある夏の日の昼下がり、兄が庭で特別に美しいチョウを採ったといって、息せき切って家に飛び込んできた。
アミから取り出した中型のそのチョウの裏は、暗闇のようにまっ黒。その黒さにも驚いたけれど、表は正反対にショッキングレッド。そこにギョロリとにらんだような美しい目玉模様がついているではないか。スゴイ、キレイ、どんな形容詞も感嘆詞も不十分に思えるようなショックと羨望が、私の胸を満たしていった。・・・
当時、私たちはまだ図鑑を持っていなかったが、どこで手に入れたのか、カラーで二十~三十種のチョウが刷り込まれている下敷きがあった。・・・その”下敷図鑑”によって二頭(注:上記の後、もう1頭をいとこが採集していた)の驚くべき美麗種が、クジャクチョウなる和名を冠されていることが判明した。・・・
クジャクチョウ。中部地方の山地には極めて普通の中型タテハチョウであり、チョウ屋の酒宴で話題になることの決してない平凡種にすぎぬ。しかし、その平凡種が小学校一年生の私に対し”神はいかにしてこの美麗なるチョウを造りたまいしか”というたぐいの衝撃を与えたのである。・・・
あまりに普通種であるがゆえに、全く関心を注ぐことのないクジャクチョウではあるが、その色彩のコントラストと眼状紋の美しさは、特筆すべき存在かもしれぬ。」
故鳩山邦夫さんのクジャクチョウに対する思いがひしひしと伝わってくる文章であるが、それは同世代の私とも共通するものである。氏の別荘は、我が家からそれほど離れていない。氏の思い出話は今から60年程も前のものであるが、その当時鳩山邦夫少年の受けた感動が、よみがえってくるようなクジャクチョウとの出会いであった。
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