真佐美 ジュン

昭和40年代、手塚治虫先生との思い出「http://mcsammy.fc2web.com」の制作メモ&「日々の日誌」

虫プロ商亊 倒産後に

2007年03月08日 10時11分18秒 | 虫プロ
虫プロ倒産後こんなエピソードがあった。ご存じない方もおられると思うので紹介する。

「鉄腕アトムが帰ってくる」   1,975年3月29 日毎日新聞  より
<鉄腕アトムがよみがえる>   
 手塚治虫のマンガでチビっ子の人気をさらった虫プロ商亊は四十八年夏、多額の負債を抱え倒産したが28日午後、東京地裁民事二十部で開かれた債務者会議で。「強制和議」が成立、再スタートすることになった。手塚さんのファンで、再見に努力した会社社長、大西年夫氏(59)が社長に就任、手塚さんは経営から身を引き、マンガ一筋に打ち込むことになった。
 新社名は「虫プロ企画」。債権者会議には債権者百五十人のうち八十一人が出席したが、債権者は債権額の28%だけを受け取り、残りの債権を放棄するという条件を認め、和議が成立した。
(略)
 手塚さんのファンで、産業廃棄物を処理する日本産業資源社長、大西氏は倒産直後、虫プロ商亊に乗り込み、私財を投じて債権の44%(約1億7千6百万円)を肩代わりするなどして再建に努力、和議成立に持ち込んだ。
 新たにスタートする虫プロ企画では、さしあたり手塚さんのマンガを単行本として出版するほか、早ければ年内にはマンガ雑誌を発行する。またレジャーランド「虫プロ王国」の開設や、宮城県・高千穂町で牧場を開放し、チビっ子たちの遊び場に提供する計画も立てている。

 「大西氏の話」  私は手塚さんと親しかったわけではない。しかし、私の三人の子供は“鉄腕アトム”を読んで成長した。“鉄腕アトム”によって正義の心を教育された。この美しい漫画をなくしてしまうのは惜しい。そんな気持ちから再見しようと思った。

 しかし虫プロ企画がその後どうなったか、虫プロ企画そのものの名前も聞こえてこなかった。

この事は毎日の「鉄腕アトムが帰ってくる」や朝日の「さすがアトム不死身の威力」 などの見出しで大々的にマスコミが取り上げた。この救世主により一件落着するかのように見えたがその後の経過については一切報道されていない。

 そのご、このひとは前科数犯の常習詐欺師であることが判明、突如行方をくらましてしまった。

 幸か不幸か和議が成立した後であったため、債権者たちからも、ほとんど騒ぎが起きなかった。手塚治虫も負債を返却、事無きに至るという妙な成り行きになった。

 当然、大西なる者が提供するとした不動産も他人名義のものであった。

    -日本アニメーション映画史-'77.8より
コメント (11)
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