貢蕉の瞑想

青梅庵に住む貢蕉の日々のつぶやきです。

地上の萩と天上の月

2018-12-05 09:09:27 | 日記

地上の萩と天上の月

平成30年12月5日(水)

 昨日は、師走の夏日。

 小夏日和!

 今朝は、いつもの恰好で歩行禅。

途中から、暑くてちょっと気持ち

よくなしとなる。

 ちょっと適応にくふうして!

 糸魚川は、市振。

 桔梗屋の跡へ。

 道の駅「親不知」で休憩。

 魚センターをうろうろして、

海沿いへの路を下る。

 桔梗屋の跡に着く。

 奥の細道では、新暦8月26日、

市振の関に泊まる。

 北陸道9日間の旅は、「暑湿の労に

神(しん)を悩まし,病おこりて事を

しるさず。」とまで、健脚芭蕉を

苦しめたよう。

「 今日は、親知らず子知らず・犬もどり・

駒返しなどという北国一番の難所を

越えて疲れたので、枕を引き寄せて

寝ていると、一間隔てたおもての方の

部屋から若い女二人の声がしてくる。

 年を取った男の声も混じって世間話を

しているのを聞くと、越後の国・新潟と

いう所の遊女であった。

 お伊勢参りをするというので、この関

まで男が送って来て、明日は故郷に返す

手紙を書いてちょっとした伝言などを

しているようである。

 白波が押し寄せる浜辺の町に遊女と

して身を晒して、漁師の子のごとくひどく

落ちぶれて日々客を取り当ての無い契りを

交わす生活を送る私たちの因縁は何なんだ

ろうなどと言う話を聞きながら寝込んで

しまった。

 翌朝旅立つときに、我々に『どう行った

ら良いか分らない旅、不安で悲しくござい

ますので、見え隠れ程度で宜しいですから、

貴方様方のあとを付いて行きたく思って

います。

 僧衣をまとっているお情けとして、仏の

大慈をお恵み下さいまして、仏道との縁を

結ばせてくださいませ』と涙ながらに訴える。

 『気の毒なことでは有りますが、我々は

あちこち寄り道しながらの旅。

 あなた方は、ただ人の流れに任せて

後をついて行きなされ。

 伊勢神宮のご加護の下、きっと無事に着く

ことが出来るでしょう』

と言い置いて出発したものの気の毒だった

なぁという気持ちがしばらく納まらなか

った。

「一家(ひとつや)に 遊女もねたり 萩と月」

 ※一軒の家に我々と共に遊女も寝ていたよ。

まるで、地上の萩と天上の月のような

組み合わせだった。

 曾良に話すとそれを記録してくれた。

と記している。


山遠水長

2018-12-04 09:05:29 | 日記

山遠水長

平成30年12月4日(火)

 流行語大賞の10傑に、チコちゃんの

「ボーっと生きてんじゃねーよ!」

が選ばれた。

 日々、ボーっと生きてきたわけでは

ないがとも自省するが、よくよく

思い起こすと・・・。

 五感を超えた事象や情報、そして時と

ともに変容していく有り様は、全くと

言っていいほど・・・と感じるこの頃。

 武者小路実篤は、ボーとした人の

代表格。

 ボーとしていたい願望もあるかな?

 ボーとしながら糸魚川へ。

今朝は、田海。この地名「とうみ」。

西 蓮 寺  参拝

 本殿参拝!

 ぐるぐる回りやっと寺の表示を見つ

ける。

 「御旧跡西蓮寺」の石碑も発見。 

      

 隣の寳光寺の住職さんの説教が心に

沁みる。

 「一番当てにならぬは我が心です。」

 「山遠水長」の碑に、五つの句が刻まれ

ている。

 芭蕉の句は、

「荒海や 佐渡に横たふ 天河」


小鯛と柳の葉

2018-12-03 08:56:55 | 日記

小鯛と柳の葉

平成30年12月3日(月)

 今朝も糸魚川市へ。

 ところで、糸魚川市に糸魚川という

河川はありません。

 地名のいわれは、伝説で、5つほど

あるそうです。

 その1

 弘法大師(空海)が竹管に糸を巻いて

川に投じたところ、たちまち魚と

なって泳ぎまわった。

 その2

 対立する軍(どのような軍かは不明)が

この地で挑(いど)みあったので、

「いどみ川」から転じて「いといがわ」

となった。

 その3

 淀(よどみ)川から転化して「いといがわ」

となった。 

 その他、災害がよくおこるので、

「厭(いとい)川」から転化した。

 などなど。

 定かならずというところ。

 旅館玉屋をさがして・・・。

 旅館玉屋はすぐ見つけられる。

 駐車場に車を停め、周囲を探すが、

句碑らしきものは見当たらず。

 室川医院にも句碑がと思い出し、

路地に入る。

 近くの室川医院の玄関先に、

小さくて丸い句碑がある。


 「西浜」とあり。 

「小鯛さす 柳すゝしや 海士がつま」

  芭蕉の句だ。

 西浜は越後西頸城郡の海岸のこと。

 漁師の妻が柳の葉付きの枝に小鯛を

通している。その光景。

 柳の葉と小鯛の輝きと一脈の涼味を

感ぜしめる という意。

 由緒のあるお家らしく家紋も見事!


 
 


 


花本(花下)とは?

2018-12-02 08:52:36 | 日記

花本(花下)とは?

平成30年12月2日(日)

 早速、能生の白山神社へ。

 元禄2年7月11日奥の細道

の際に、松尾芭蕉が髄行僧曾良とともに

能生に宿泊。

 その際に当社の「汐路の鐘」を詠んだ。

 芭蕉の句は、  

「曙や 霧にうつまく  鐘の聲」

 その説明板

 奥の細道で有名な芭蕉には、

「花本大神」とか「大明神」の神号が

贈られている。

 芭蕉の神号の碑は、博多の櫛田神社

や東京深川の富岡八幡宮境内、

そして、

ここ、能生にもある。

 花本(花下)というのは西行の歌に、

「願わくは花の下にて春死なん

 そのきさらぎの望月のころ」

によるものだそう。

 西行は、祈願したように・・・!

祈願の強さが祈願のままに!?

 これが、奥の院。

 参拝後、宝物殿を外から・・・。

そして、白山神社の近くに、

昔の白山トンネルが!


NOではない能生?

2018-12-01 10:17:27 | 日記

NOではない能生?

平成30年12月1日(土)

 今日から師走。

 あまり関係はないが、4K8K

放送が今日から始まりそう。

 大画面で見てみたいなあ!

 いつもの歩行禅にでると、

師走の日の出!

そして、小作の堰の多摩川では・・・。

 ちょうど7時。

 快適な朝を迎え、深謝!

 そして、今、糸魚川市へタイムスリップ!

  白山神社 に到着。

 ここは、糸魚川市の能生。

 「能生」は、珍しい地名。

 「No」ではなく、「のう」という。

 字面もよい。糸魚川という地名と

同じで一度で入力される。

 「能生」。

 調べると、

「のう(能生)」は「なおうみ(直海)」

が転訛したもので、「まっすぐな海岸」

に由来するといわれる。

 納得!

 2018(平成30)年 5月8日 9:28~ 

  早朝3時に出発。

 上里SAで、朝食。

 1時間余運転しては休憩。

 能生に9時過ぎ着。

 白山信仰を開いたと云われる

泰澄大師(682-767)の神社

に直行。

 奈良時代に加賀白山などを基地と

して両部習合を行った際、

能生白山神社に仏像を安置し、

白山信仰を布教し、社号を白山権現

に改めたという。

 社殿は明応年間(1492-1501)に

火災で焼失。

 永正12年(1515)能登守護

畠山義元寄進により再興される。

社殿参拝!

 その建築様式は、三間社流造の前面に

一間の向拝を付けたもので室町時代の

特色を示しており、国の重要文化財に

も指定されている。

ここの阿吽狛犬はユーモアたっぷり!

好感度最高!!!!!
 

 つづく。