如砥如矢
平成30年12月10日(月)
師走も早中旬入り。
ウォルター・ウエストン(Walter Weston)像。
『日本アルプス―登山と探検』の著者、
ウォルター・ウエストン(Walter Weston)は、
明治27年7月19日に日本アルプス
の起点でもあるこの旧国道を通ったそう。
モデルのような体型だ。
コミュニティロードの岩壁に、明治16年
の道路開通を祝って刻まれた「如砥如矢」
(とのごとくやのごとし)の文字が。
「切り開かれた道が、砥石のように
平らで矢のように真っ直ぐだ」の意。
そして、“To no gotoku, ya no gotoshi”
(“As smooth as a whetstone’ and
as straight as an arrow”)
と記されている。
5月最終日曜には『親不知・海のウエストン祭』
が行なわれ、ウエストン像に献花した後、
白鳥山(1287m)山開きが行なわれて
いるそうだ。
ちなみに、親不知・子不知といいますが、
親不知駅がある歌(うた)の集落を中心に、
西の市振(いちぶり)地区までが親不知、
東の勝山(かつやま)地区までが子不知
(こしら合唱曲「親知らず子知らず」では
次のように歌われている。
「荒磯(ありそ)の岩陰に 苔むした地蔵が
かすむ沖を じっと見つめている
子を呼ぶ母の叫びが聞こえぬか
母を呼ぶ子のすすり泣きが聞こえぬか
旅に病む父親の下へと
心を急がせた母と子に
北涙(ほくめい)の怒涛が グワッと
爪を立て
次々に 二つの悲しき命を
奪い去ったという
怒涛は何を怒ったか
その怒りを 何故(なにゆえ)に悲しき母
と子に向けたか
子を呼ぶ母の叫びが聞こえぬか
母を呼ぶ子のすすり泣きが聞こえぬか
悲しき人を さらに悲しみで
追い打ちするを 人生というか
悲劇に向かって挑む喜劇(もの)を
運命の神は 憎むか
鴎(かもめ)は鳴きつつ飛び交い
海を潜り波を滑る 鴎の歌の悲しさよ
じっと見つめる 苔むした地蔵も
夕暮れる 親不知子不知の沖も
茫々(ぼうぼう)夕暮れるず。」
水上勉さんは、『新日本紀行』の中で,
「私の大好きな親不知」といって
いるほどだ。
ちょっと垣間見る眼下も見とれるほど。
寄せる波返す波のうねりなども一興。
親不知煉瓦トンネルへの案内もあり。
急階段もまだ新しい。
この階段を降りることにする。
また、明日!