↑ 2014/05/05撮影…大田黒公園 〃
大田黒公園は、
大田黒元雄氏(音楽評論家;1893年1月11日~1979年1月23日)の
屋敷跡地につくられた回遊式日本庭園です。
どっしりした門を過ぎ、
大銀杏の並木道をまっすぐ70mほど進むと、
事務所と古い民家のような休憩所、
それに庭園が見渡せる茶室があります。
大田黒氏の仕事場であった西洋風の記念館が保存され、
写真や愛用のピアノなどが展示されています。
右手の竹林を行くと、広々とした芝生に出ます。
赤松がそびえ、楓・楢・欅・樫などの木々が広場を取り囲みます。
なだらかな斜面を下りたところに池があって、
休憩所の裏にある井筒からの水が、
木々の間を流れて池に注ぎ、大きな錦鯉が泳ぎます。
ほとりにあずまやがあります。 2014/05/05 撮影
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〃…ニシキギ
↑ 2013/05/24 撮影…風の散歩道
今日の散歩コースは、
三鷹駅南口~(禅林寺通り)~八幡大神社 ~ 禅林寺~
山本有三記念館~(風の散歩道)~井の頭恩賜公園~吉祥寺駅です。
禅林寺通り
三鷹駅から南へ延びる禅林寺通りは、
昭和12~13年頃から始まった宅地開発によって道路を拡張し、
現在の区分になったそうです。
当時の建物と思われる洋館や緑ゆたかな庭のある幼稚園など、
昭和初期の趣が残っていました。
10分ほど歩くと禅林寺の白塀に突き当たります。
塀に沿って少し進むと、
三鷹通りと連雀通りの交差点に面して
八幡大神社がありす。
禅林寺と八幡大神社は隣接しています。
八幡大神社 (はちまんだいじんじゃ) 2013/05/24 撮影
堂々とした構えの神社は、
参道から、まず右側に神楽殿、その奥に太鼓倉、
左側には御神木のスダジイ(天然記念物)、
木の香りの新しい立派な楼門、その奥が社殿です。
神輿倉の二之宮神輿は、神輿の鳳凰の目がダイヤモンドで、
ギネスブックにも登録されたということです。
神社の記述によると、
「祭神は応神天皇(第15代)。
寛文4年(1664年)名主の松井治兵衛は、
村の年寄・組頭等と共に氏神社のご鎮斎を幕府に請願したところ、
時の老中松平伊豆守と寺社奉行石谷将監は代官野村彦太夫に検地を命じ、
現在のこの社地(約1万坪)を除地と定め、
鎮守八幡大神社の創建を許可した。
下連雀の守護神として、地域住民の厚い信仰心によって発展し、
年中の祭祀が行われ、今日に伝えられている。」
とのことです。 2013/05/24 撮影
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禅林寺 (ぜんりんじ) 2013/05/24 撮影
黄檗宗(おうばくしゅう)霊泉山禅林寺は、
三鷹駅南口から10分ほど歩いた所です。
広い駐車場を両側に見て、
山門を入ると斎場があり、
少し進むと銀杏の大樹の下に森林太郎(鴎外)の遺言碑がありました。
墓地には、葉桜が爽やかな影を落とし、
森鴎外とその斜め向かいに太宰治のお墓がありました。
太宰治の「桜桃忌」は毎年6月19日に禅林寺で修されています。
禅林寺記によると
「明暦3年(1657年)、江戸の大火( 振袖火事 )の惨事によって、
幕府は各所に適当な火除地(防火地帯)を作り、一朝有事の備えとした。
万治元年(1658年) 神田連雀町もまたこの火除地の一つとして
住宅の再建を許されず、
罹災者25世帯には野方領茅場千丁野の内に代地を賜り、
開拓農民として移住せしめた。
これが現在の三鷹市下連雀のはじまりである。
然るに元神田連雀町民たちの入殖生活においては、
宗門改め(現在の戸籍調査に当たる)を受ける寺院がないため、
寛文4年(1664年)名主の松井治兵衛外年寄・組頭等連署をもって
寺社創建の議を幕府に請願した。
時の大老松平伊豆守及び寺社奉行石谷将監は代官野村彦太夫に命じて検地せしめ、
寺地(禅林寺)2万坪、社地(八幡大神社)1万坪として、寺社の創建を許可した。
これによって、連雀の住民は直ちに寺社を創建し、
江戸築地本願寺の寺中松之坊を迎え、
年々宗旨判形すなわち現地の戸籍調査をなして、
寺社奉行に届け出ていたのである。
また、
元禄12年8月(1699年)の台風ために建物が倒壊したので、
松之坊は寺社再建不能のために寺社地を村方へ返還した。
かくて村方一同より官へ願い出て、
元禄13年12月に黄檗宗霊泉山禅林寺と改称…
梅嶺道雲禅師を請じて開山とし、
賢州禅師自ら第1代となり宗風の宣場につとめ、
黄檗宗大本山万福寺の直末寺となり、
現在に至る。
八幡社とは明治初年の「神仏分離」令によって分離し…」
と述べられています。
三鷹駅と禅林寺についても
「禅林寺では、住民の利便を図り、
大正11年、駅設置請願書に地方有志の記名捺印を求め、
東京鉄道局長に提出し…
昭和3年初春に駅設置の採用通知を受けた。
これによって禅林寺はその寺地750坪を駅の敷地として寄付し、
当局は車庫敷地等の買収に着手、
昭和5年6月25日に待望の三鷹駅が開設された。」
と述べられています。 2013/05/24 撮影
山本有三記念館 (やまもとゆうぞうきねんかん) 2013/05/24 撮影
記念館は、玉川上水南岸の「風の散歩道」沿いにあります。
メルヘン的な門を入り、中心に丸い花壇のある前庭を左に見ながら進むと、
英国風洋館の「三鷹市山本有三記念館」です。
大正末期に建てられた重厚な2階建てで、
現在は山本有三ゆかりの遺品や資料などを展示する施設として公開しています。
昭和初期(昭和11年~昭和21年)に家族と共に暮らした洋館で、
ここで代表作「路傍の石」や戯曲「米百俵」を執筆し、
蔵書を利用して、「ミタカ少国民文庫」を開き、
子供達に親しまれてきました。
進駐軍の接収に遭い有三はやむなく転居しました。
接収が解除された建物は研究所として利用され、
有三が土地と建物を東京都に寄贈した後は、
「有三青少年文庫」として長く運営され、
1996(平成8)年に「三鷹市山本有三記念館」として開館されました。
記念館の南側には「有三記念公園」があり、
緑陰にはベンチが置かれ、
池にはオタマジャクシがいました。
2013/05/24 撮影
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*「三鷹」の名称の由来は、
この地が徳川御三家のお鷹場となっていたことと、
御三家の鷹狩を行った村々が
世田谷領・府中領・野方領にまたがっていたこと(三領の鷹場)、
に由来すると言われているそうです。
井の頭恩賜公園 (いのかしらおんしこうえん) 2013/05/24 撮影
武蔵野市の南東から三鷹市の北東にかけて広がる公園で、
井の頭池・神田川・西園・東園がいずれも三鷹市に属し、
自然文化園・雑木林の御殿山は武蔵野市に属しています。
総面積は約380,000m²です。
武蔵野の面影を残す雑木林があり、
中心をなす池の周囲には約250本(園全体で約500本)の桜があります。
春は木々の芽吹きや梅・桜・辛夷などの花々、
夏は御殿山の雑木林・池の周辺の緑、森林浴、
秋は紅葉、
冬は越冬する鳥や落ち葉、
など楽しめます。
心地よい風に若葉青葉の映る池面を眺めながら、
葉桜の下のべンチで軽い昼食をとり、
一休みして帰路につきました。
2013/05/24 撮影…七井橋から
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↑ 2012/07/29 撮影
連日のお暑さに、
庭の草花たちも夕立を待ちわびているかのようです。
木々をぬけて来る朝夕の風にほっとし、
緑のありがたさを感じます。
昨夜、蝉の羽化を見に行きました。
神田川沿いの、
毎年蝉の羽化が数多く見られるという処です。
静かな水の流れ、優しい風、美しい半月、
そして古木の桜並木に心地よい蝉の声。
桜葉のそこここに蝉の幼虫が…
これから羽化の始まるものやもう始まっているもの、終るものなど。
殻を破って脱出し、淡緑色の羽が伸びてゆく光景は、
まさに生命の神秘の一端を垣間見る思いでした。
2012/07/28 撮影
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2012/07/29 撮影
…昨夜羽化した蝉の脱け殻
…蝉の穴
…ガーデニア
…花壇の花
…花壇の花
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↑ 2012/05/04 撮影
園内に善福寺川が流れ、
上流には善福寺川緑地が広がり、
南側にはアカマツ林と一体となった大宮八幡宮の森があるなど、
豊かな緑に囲まれた静かな公園です。
園内の善福寺川には白山前橋から済美橋まで12の橋があります。
和田堀周辺は、
もともと地盤が低く、
善福寺川の氾濫などで沼地になるような地形でしたので、
河川を改修したときに池を造り、周辺を整備して公園にしました。
和田堀池には、
大小二つの中島があり、
都内では数少なくなったカワセミ・ジョウビタキ・ウグイスや
珍しい野鳥なども観測され、
バードウォッチングの人々も多く見かけます。
住民の憩いの場として、
また春には桜の名所として、
多くの人々が訪れます。
そのほか、園内には、
野球場・陸上競技場・、テニスコート・バーベキュー広場・サイクリング広場などの
施設が整備されています。
野球場は善福寺川増水時の調整池として使用されるほか、
災害時の避難場所としての機能を持っています。
降り続いていた雨がやっと上がったので、
昼前から新緑の中へ...
ゴールデンウィークなのに、駐車場は空いていました。
公園内では、もうバーべキューを大勢で楽しんでいて、
池の周りには、カワセミを撮る人々が集まっていました。
太い枝にはゴイサギが止まり、
池面をヘビが泳いぐ姿を見かけました。
すこし進むとコウホネが咲き始め、
カルガモがいました。
雨の晴れ間を、
お年寄りから幼児まで
それぞれに楽しんでいらっしゃるようでした。
新緑の清々しい風を満喫しました。
2012/05/04 撮影
…コウホネ
↑ 2011/07/08 撮影…ヤマユリ
都会の白金台にあって、約20ヘクタールの園内には、
武蔵野の豊かな自然の姿が残されている貴重な森です。
自然の移りゆく姿の状態のままの森という考え方で、
朽ちていく倒木などもみられます。
植物は1473種、昆虫は約2130種、鳥類は約130種が記録されています。
植物の名前や解説などが書かれた表示板が配置されています。
樹木・草花や昆虫などを観察することができます。
曇天の日、森林浴をしながら、鳥の声を聞きながら‥‥。
散策の戻り道
武蔵野植物園
明るい雑木林の下には、様々な山野草が見られます。
2011/07/08 撮影…ヤマユリ
…ノカンゾウ
…ヤブカンゾウ
…小さなアサザ池
…ヤブミョウガ・
…ヤブミョウガ
森の小道
東側に湿地を望みながら、ケヤキ・ミズキの森の下に伸びる小道です。
下って行くと左の方に小川がありました。
2011/07/08 撮影…ハンゲショウ
…チダケサシ
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…クサフジ
…マユミ
ひょうたん池
瓢箪(ひょうたん)の形をした池です。
2011/07/08 撮影…カメの散歩?
路傍植物園
四季折々の植物が楽しめます。
2011/07/08 撮影・
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…ガマズミの青い実
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…オオバギボウシ
…まだ蕾
正門へ
↑ 2011/06/23 撮影…高清水自然公園のヒメサユリ
高清水自然公園の姫早百合群生地 (たかしみずしぜんこうえんのひめさゆりぐんせいち)
高清水自然公園は、
福島県南会津町(旧南郷村)にある
貴重なひめさゆりの群生地です。
楢(なら)林を進んで行くと、
7ヘクタールのすり鉢状の草原が広がり
約100万本のひめさゆりが自生しています.
毎年6月中旬から7月初旬にかけて開花するそうです。
ヒメサユリは別名オトメユリとも呼ばれ、
ウイルスに弱く、
種から育って1輪の花を付けまでに
早くて4年はかかり、
多くの花を付けるには7~8年かかるそうです。
今年は開花が遅いとのことですが、
新緑の風にそよぐ
淡色や濃いピンク色の優しい花を見ることができました。
木道を整備したり、
群生地の保護対策も進められていました。
2011/06/23 撮影…高清水自然公園
…木道
…ヒメサユリの蕾
…ヒメサユリの蕾
…ヒメサユリ
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…赤松林、マツゼミの声
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…アザミ
…ヤマボウシ
…タニウツギ
…ヤマドリゼンマイ
駒止湿原 (こまどしつげん) 2011/06/23 撮影
駒止湿原は、
昭和村と南会津町にまたがる標高1100mに位置し、
ブナ林に囲まれた10数個の湿原からなりたっています。
その代表的なものは、大谷地(おおやち)約14ha・白樺谷地(しらかばやち)約5ha・
水無谷地(みずなしやち)約8haなどで、
国の天然記念物に指定されています。
指定保護区域面積は148haあり、
この3つの谷地を結ぶ木道と道路の長さは約2kmです。
低層から高層へと3種類の湿原があり、
湿原特有の貴重な植物の宝庫として
幅広い種類の植物(471種類)を見ることができます。
また貴重なモリアオガエル、クロサンショウウオの生息地域にもなっています。
4月下旬から5月上旬の雪解けとともに
水芭蕉が咲き始め、
ワタスゲ・リュウキンカ・ニッコウキスゲ・タテヤマリンドウ・
ショウジョウバカマ・コオニユリ・エゾリンドウなど、
次々と咲きます。
また、現在喪失してしまった56haのブナ林の復元が行われています。
全ルート、片道130分~180分で、
大谷地湿原は1時間弱で一周することができます。
山頂近くの駐車場(南会津町)からすぐに駒止湿原への入り口があり、
少し歩くと大谷地が広がります。
2011/06/23 撮影…南会津町駐車場から入り口へ
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大谷地 (おおやち)
木道(一方通行)を進むにつれ、
コバイケイソウ・ワタスゲ・ウラジロヨウラクを初めとして
色々な花が咲いていました。
2011/06/23 撮影…大谷地
…ツマトリソウ
…レンゲツツジ
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…ウラジロヨウラク
…コバイケイソウ
…ミズバショウ
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…ワタスゲ
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…ズミ
…ニッコウキスゲ
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…コバイケイソウ
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…タテヤマリンドウ
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白樺谷地 (しらかばやち)
進むと
ヒオウギアヤメ・タテヤマリンドウ・シャクナゲなどを見ることができ、
ホトトギスが鳴いていました。
2011/06/23 撮影…白樺谷地
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…シャクナゲ
…ヒオウギアヤメの蕾
…ヒオウギアヤメ
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迂回道路、南会津町駐車場へ
2011/06/23 撮影・
…笹の花
…ヨモギ
…フキ
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…ブナ植樹地
…タニウツギ
↑ 2011/05/17 撮影…戸隠森林植物園のミズバショウの群生
戸隠森林植物園 ( とがくししんりんしょくぶつえん )
71.34ヘクタールの広大な園内には、
雪解けと共に、ミズバショウ・リュウキンカや
キクザキイチゲ・カタクリなどが咲き出していました。
四季折々に、多種多様な植物が美しい花を咲かせるそうです。
また約120種類もの野鳥が生息し、
「戸隠小鳥の森」の一部になっているとのことです。
モミの木園地・水芭蕉園・植物観察園などや
森林学習館・野生生物観察舎・みどりが池などの施設があります。
さえずりを聞きながら、
木々の芽吹きの明るい森の中の整備された木道をゆっくりと散策。
ちょうど見ごろな水芭蕉の群生は清々しく、
心身ともにリフレッシュしました。…道しるべ
…ミズバショウとリュウキンカ
…ムシカリ ( オオカメノキ )
…エンレイソウ
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…ミズバショウ
…リュウキンカ
…カタクリ
…アズマイチゲ
…ヤマエンゴサク
…ニリンソウ
…小川のこみち
戸隠神社奥社 ( とがくしじんじゃおくしゃ )
嘉祥2年 ( 894 )、学門行者が修験の霊場として開いた戸隠寺が起源
と伝えられています。
戸隠山を望む大鳥居をくぐり、
まっすぐに伸びる参道を行くと
萱葺きの赤い随神門。
その先は樹齢400年以上の見事な杉並木が続き、
苔むした石垣も残っています。
心地よい水音を聞きながら不揃いの石段を登ると、
奥社に着きす。
奥社本殿の左には、
戸隠神社中最古の九頭龍社があります。…奥社参道入口
…狛犬と随神門
…随神門 ( 旧仁王門 )
…参道杉並木
…スギ
…サクラ
…滝
…戸隠神社奥社
…九頭龍社 ( くずりゅうしゃ )
…残雪
↑ 2010/06/23 撮影
ブナ林に囲まれている湿原で小尾瀬(こおぜ)と呼ばれています。
植生の分布の珍しさから学術的に価値のある貴重な湿原です。
雨もどうやら上がり、高原の風が心地よくわたる木道を
花を楽しみながらゆっくりと巡りました。
ウラジロヨウラク・ヒオウギアヤメ・コバイケイソウ・トウダイグサなどの花や
ワタスゲ(綿毛)など、見ごろですばらしい景色でした。
期待していたトキソウが今年は遅れてつぼみだったこと、
同じくアサヒラン・カキラン・ヒメザゼンソウなどの花も見られず残念でしたが、
道すがら、タニウツギ・ホウノキ・ヤマホウシ・ナナカマド・マユミなどの花に
出会うことも出来ました。
*その他
スノキ、ダテカンバ、ズミ、ミヤマシキビ、ミズバショウ、ノリウツギ
2010/06/23 撮影
…ウラジロヨウラク
…コバイケイソウ
…雨上がりのワタスゲ
…ヒオウギアヤメ
…キンコウカ?
…タカトウダイグサ
…ツマトリソウ
…キンミズヒキ
…クルマムグラ
…トリガタハンショウヅル
…ツルアジサイ
…タニウツギ
…ナナカマド