1985年の洋楽ヒット曲を紹介するシリーズのPart22はAlison Moyetの"Invisible"。
最高位は6月1日付の1週のみの第31位。年間チャートは圏外でした。
Alison Moyet、この曲がヒットした当時は「アリソン・モイエット」と呼んでいましたが、最近は「アリソン・モイエ」と呼ばれているようです。ここでは当時と同じ「アリソン・モイエット」で表記します。
そのAlison Moyetですが、イギリス出身のシンガー・ソングライター。
声量がある力強いボーカルで、男性だか女性だか、わからない声質ですが、もちろん女性ボーカリストです。
ミュージシャンとしてのデビューは、シンセポップデュオ「Yazoo」のメンバーとして。
2枚のアルバムを出して、アメリカではシングルが小ヒットでTop40には入れませんでしたが、母国イギリスではアルバムで1位を記録、シングルでも1位にこそなれませんでしたが、Top3に3曲送り込む大ヒットとなりました。
ソロでのファーストアルバムのリリースは1984年、『Alf』です。
このアルバムはイギリスでNo.1、アメリカでは残念ながら40位台で終わってしまいましたが、このアルバムからのシングル"Invisible"は初めてで唯一となるTop40ヒットで31位を記録しました。
"Invisible"の曲の作者はLamont Dozier。Lamont Dozierですが、60年代から活躍するソングライター。数々のモータウンソウルの作詞作曲を手掛けました。この後も活躍を続け、88年の Phil CollinsのNo.1ヒット"Two Hearts" は彼とフィルの共作によるものですね。
プロデュースはSteve Jolley & Tony Swainのコンビによるもの。この二人もプロデューサー・ソングライターとして有名な方々で、Spandau Balletの『True』のプロデュースなどを務めています。
この曲、Alison Moyetの力強いボーカルが際立ちます。ポップソウルの迫力ある曲ですね。
こちらはポップデュオYazooの83年のヒット曲 "Nobody's Diary"。この曲はイギリスで3位、アメリカではダンスチャートで1位を記録しました。デュオのVince Clarkeは元デペッシュ・モード、ソロの曲とは全く違い、シンセポップソングです。
最高位は6月1日付の1週のみの第31位。年間チャートは圏外でした。
Alison Moyet、この曲がヒットした当時は「アリソン・モイエット」と呼んでいましたが、最近は「アリソン・モイエ」と呼ばれているようです。ここでは当時と同じ「アリソン・モイエット」で表記します。
そのAlison Moyetですが、イギリス出身のシンガー・ソングライター。
声量がある力強いボーカルで、男性だか女性だか、わからない声質ですが、もちろん女性ボーカリストです。
ミュージシャンとしてのデビューは、シンセポップデュオ「Yazoo」のメンバーとして。
2枚のアルバムを出して、アメリカではシングルが小ヒットでTop40には入れませんでしたが、母国イギリスではアルバムで1位を記録、シングルでも1位にこそなれませんでしたが、Top3に3曲送り込む大ヒットとなりました。
ソロでのファーストアルバムのリリースは1984年、『Alf』です。
このアルバムはイギリスでNo.1、アメリカでは残念ながら40位台で終わってしまいましたが、このアルバムからのシングル"Invisible"は初めてで唯一となるTop40ヒットで31位を記録しました。
"Invisible"の曲の作者はLamont Dozier。Lamont Dozierですが、60年代から活躍するソングライター。数々のモータウンソウルの作詞作曲を手掛けました。この後も活躍を続け、88年の Phil CollinsのNo.1ヒット"Two Hearts" は彼とフィルの共作によるものですね。
プロデュースはSteve Jolley & Tony Swainのコンビによるもの。この二人もプロデューサー・ソングライターとして有名な方々で、Spandau Balletの『True』のプロデュースなどを務めています。
この曲、Alison Moyetの力強いボーカルが際立ちます。ポップソウルの迫力ある曲ですね。
こちらはポップデュオYazooの83年のヒット曲 "Nobody's Diary"。この曲はイギリスで3位、アメリカではダンスチャートで1位を記録しました。デュオのVince Clarkeは元デペッシュ・モード、ソロの曲とは全く違い、シンセポップソングです。