ミセスローゼンの上人坂日記

露草や骸のごとき火山石



ニックが、パソコンの前で独り言を言っている。
「ふむ。これも含めて手に入れたい。」
何も含めて欲しいのだろうと見れば、スイスアーミーナイフである。ははあ。わかった。前回のチリ行きで、ニックは愛蔵のスイスアーミーナイフを取り上げられたのだ。
帰りの飛行機に、うっかり機内持ち込み手荷物の鞄に入れてしまったから自業自得なのだが、あきらめきれず、どんなに大切な品か係員に泣きついて頼み込んだが、当然駄目。係の彼女は気の毒がるどころかむしろ、ザマアミロ的に目が笑っていたので、ニックは青ざめるほど怒ったが、怒るだけ損というものだ。ニック毒づいていわく、あんな素人女ではダメだ。プロを雇って乗客をチェックさせて、善良なユダヤ人のミュージシャンや、車椅子の老母などから思い出の詰まったナイフや裁縫セットの鋏などを取り上げるような非道な真似をさせず、本物のテロリストの持つ武器を見張らせなくてはだめだ。だいたい、テロリストがエコノミークラスに乗るものか。
そういうわけで、新しいスイスアーミーナイフを買おうとしているのだ。スイスアーミーナイフには、12~33用途に対応する機能が備わる。YouTubeに出ていたナイフにはさらに、小さな髑髏の根付がついていた。ニックは、それを含めて欲しいと言っていたのである。
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