ニックに葱を買って来てと頼むと、三回に一回は韮を買って来る。その都度、「葱はここが白い、韮は全部緑」と説明するが、また間違える。でも文句は言わない。私が間違えた時に、文句を言わせないために。
今朝のオムレツは椎茸。
今朝五時に、玄関のピンポンが鳴って起こされた。ニックが誰かと話している。
「チョットマッテ。オクサマ、オクサマ〜」とニックに呼ばれ、旅人の行き倒れかも、とネグリジェにボサボサ頭で急いで出ると、知らない老人が立っている。
「先日この辺りでDカードを落したのですが見ませんでしたか?」
「見てません。落し物を見たらすぐ警察に届けますけどね。」
心配して起きたのに、Dカードってなんやねん、とムカついて老人に聞き返した。
「それにしても、なぜこんな早朝に人を叩き起こすのですか?」
老人は平然と答えた。
「窓の電気が付いて、チェロの音が聞こえました。毎朝この時間に散歩しているので、毎朝お宅も起きていると、知っているのです。」
ケロッとした老人の顔を見て、何だか母の晩年を思い出した。路面電車の狭い車内で、前に座った薄毛の男性を見て、
「なんでこがいにハゲとるんやろ?」
と母が大声で聞いた。
「母さん、しーっ!」と私が嗜めても、母は鳩のようにきょとんとした顔であった。