ミセスローゼンの上人坂日記

露の世や巨匠と呼ばれ振り向きぬ



審査員控え室にスタッフが入って来て「マエストロ!」と呼ぶと、ニックとギタリストのE氏以外の全員が振り向く。

「ドルチェ・グラツィオーソ」
昨夜はニックのマスタークラス(※)を見た。コンクールでヴァン・ゲーンスのスケルツォを弾いた少女が最初に出た。この曲はニックの十八番。ニックの演奏や指導を数限りなく聞いている。よく「私は俳句は作りませんが、夏井先生と同じ添削が出来ました!」と自慢気なプレバト視聴者の話を聞くが私も同じ事。チェロは弾けなくても、指導が出来そうな錯覚に陥る。
例えばこのスケルツォの中盤スローパートの楽譜の冒頭に「ドルチェ・グラツィオーソ(甘く・優美に)」という指示がある。生徒はそれを知らない訳はないから、ベストを尽くしてるとは思うが、一度ニックのドルチェを聞いてしまうと、他のドルチェはドルチェとは思えなくなる。有名店のチョコレートを食べてしまうと、普通のチョコがチョコとも思えなくなるのと同じ。ニックは、「歌うように弾きなさい」と口で歌って教え、「僕の真似しなさい」と、ボウイングもフィンガリングも一つ一つ与える。30分後には、完璧なドルチェでは無いものの、最初の演奏よりはずっとずっと甘いドルチェが聞けるようになる。
スケルツォの早いパートでも、私はニックが生徒に教える前に、「もっと軽いスピッカートを」と心の中で言ってた。弓が軽やかに弾めばそれだけ軽やかな音が生まれる。ここは劇的に変われる部分だから、親御さんも観客も、ほう!と感心する。このスピッカートを上手に弾くチェリストはジュリアード等に行けば、秋空に群れる蜻蛉の数ほどいるけど、このドルチェをほんたうに甘く弾けなければこの曲は完璧では無い。それを知っているのが私の自慢。

(※)マスタークラスとは本来、優秀な生徒が模範演奏をし、一流の音楽家が彼らを模範指導するという物だが、お金さえ払えば誰でもマスタークラスを受けられ、誰でもマスタークラスを指導している音楽祭も少なくない。
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