塚田盛彦のつれづれなるままにサッカー

世界中で親しまれているサッカー。このサッカーをフィルターとして、人間社会の構造に迫っていきたいと思います。

ポスト・シーズン導入は、Jに収益をもたらすのか

2013-10-26 22:50:20 | 日記
 クライマックス・シリーズへの参加権利、そして短期決戦を勝ち抜いて日本シリーズとその先のアジア・シリーズへ。

 勿論中にはこの新機軸を良しとせず

 「3位の球団が日本一になる可能性がある方法論はいかがなものか」

 と言う声もありますし、僕個人もメディアが連呼する「下剋上」という単語には違和感を感じますが、野球に幅を持たせることに
なったことは確かです。

 野球は12球団で運営し、天皇杯のようなアマチュアと対戦することもなけれな、「杯」を争うこともありませんでした。

 つまり、交流戦とポスト・シーズンが対戦カードの幅を広げた事は間違いなく、Jリーグのように毎年必ず新規カードが生まれる
方が例外的でした。

 Jリーグの大東チェアマンが目論むのは、本日の読売対楽天のように

 1・テレビ放映権の取得
 2・両陣営が考える先発投手と打順
 3・ファンの勝敗予想と結果

 が報道されて盛り上がることが、Jリーグにももたらせるであろうポスト・シーズンですよね。

 でも野球だってレギュラーシーズンの放送など無いにひとしく、ポスト・シーズンだけを放送するのはどこか辻褄があっていない
ように見えますが。

 ポスト・シーズンでの収益増加。

 しかし実際戦ってみないとわかりませんが、日本シリーズと時期が重なるようであれば、露出は現状と何ら変わることなく、まず
野球が報道されその後にJリーグでしょう。

 ニュース・バリューは人によって変わりますが、この図式は2015年でもよほどの出来事が無い限り、覆らないでしょうね。

 むしそ札幌や甲府のように、東南アジア市場と友好関係を得ようとしているクラブの働きかけにもっと焦点を当てた方が良いよう
に見えます。
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笑っていいとも終焉とファーガソンの引退

2013-10-26 17:50:27 | 日記
 先日タモリさんが

 「来春で笑っていいともは終わります。皆様方に心より感謝申し上げます。」

 と番組中で心境を告白し、様々な意見が寄せられましたね。

 僕もこんな日が来たかという思いもありましたし、やはり残念に思うひとりですが、平日毎日番組の司会をすることは、きっと
タモリさんの心理的負担として厳しい物だったと思います。

 特にこれからの季節、インフルエンザに代表される流行病の時期になりますし、タモリさんとしては自身の健康を調節するだけ
で大変だったでしょうね。


 馬鹿みたいな言い方ですが、僕はアレックス・ファーガソンの退団よりも、タモリさんの発言の方が大きく感じました。

 前者が27年、後者は32年、その第一線で活躍し続けてきたわけですが、タモリさんは他の番組を降板するわけでもなければ、
引退してテレビから消えるわけもありません。

 それでも尚、タモリさんの姿が正午から消えることは

 「それが当たり前の光景だった。」

 この一言に尽きると思います。

 ユナイテッド・ファンが

 「この時がきたのか」

 と感じたのはファーガソンの年齢、そして以前から引退を囁いていたこともありましたが、その会見が予期せぬ時期に突如現れ、
当たり前の光景がいよいよ無くなる、という思いが過ったためでしょうか。

 モイーズ政権が当初は好意的に受け入れられながら、オフシーズンの動きから序盤戦の成績低迷を指摘され、

 「モイーズ政権の妥当性」

 が問われています。

 きっと、いいとも終了後に行われる番組と出演者、そして司会者が日本で一番モイーズの胸の内がわかる関係者として認知され
る気がします。
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カシジャスのバルサ移籍は現実的か

2013-10-26 17:39:29 | 日記
 イケル・カシジャスがバルセロナへ。

 スポーツナビにおけるセルジオ・レヴィンスキー氏のコラムを読めば、この移籍劇が暴論でないことがわかりますが、果たして
ふたつの両者の間にわだかまりが消えることはあるのですか。

 (二つの言うのはカシジャスとレアル、レアルとバルセロナと言う形です)

 バルセロナとレアル・マドリー、ふたつのクラブに在籍した選手で近年もっとも騒がれたのは、当然ルイス・フィーゴですが、
レヴィンスキー氏は仮にカシジャスがバルセロナに移籍したなら、会長ペレスは

 「ジョアン・ガスパール」

 同様の激しい罵声をうけるだろうと指摘しています。

 ベルント・シュスター(ドイツ代表)
 ルイス・エンリケ(スペイン代表)
 ロナウド(ブラジル代表)
 ミカエル・ラウドルップ(デンマーク代表)

 名声溢れる選手たちが、この宿敵間で移籍を繰り広げてきましたが、カシジャスが彼らと決定的に異なる点。

 それは今では希少例となった、

 「レアル生え抜きの選手」

 ですね。

 確かにセルヒオ・ラモスのようにセビージャから移籍してからの在籍期間が長く、まるで生え抜きのような錯覚を与える存在
もいます。

 しかし純粋培養と言う点ではやはりカシジャスは違いますよね。

 バルセロナとしてなナポリでプレイするペペ・レイナのように、波風の少ない移籍劇を求めるかもしれませんし、アトレティコ
のクルトワ、ユナイテッドのデ・ヘアのようなより年齢の若い選手を得て

 「向こう10年」

 を考える可能性もあります。

 しかし、このコラムでも指摘されている

 「ルイス・フィーゴ強奪」

 という前例を踏まえたならば、13年前の受けた痛みを宿敵に与える、最高の機会という見方もまたできるのでしょうか。
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サッカー選手の妻を考える

2013-10-26 01:48:36 | 日記
 サッカー選手の妻は、サッカーに理解、関心を持つべきなのか否か、時に考えることがあります。

 勝利して帰宅した日はともかく敗戦、時に惨敗して帰ってきた夫に対し、意見するのか、黙って見守るかでは夫の心の持ち方
は随分異なると思います。

 子供がいれば子供をあやす
 ペットがいれば抱き寄せる

 こうした触れ合いが気分転換にはなるでしょう。

 でも子供が幼少であれば
 
 「パパはどうして試合に出なかったの?」
 「今日は負けちゃったの?」

 と言うように、自分の心に浮かんだことをそのまま伝えてくるでしょうし、子供がいない僕は推測しかできませんが、案外
厳しいと感じるのかもしれません。

 サッカー選手は欧州、中南米のいずれでもステイタスがあり、だからこそ名士として湛えられます。

 ブラジルで引退した選手たちが頻繁にチャリティを行い寄付金を集うのは、地元の環境を良くしたいと言う気持ちだけでなく、
皆に助けられてきたからという思いが強いためです。

 その一方で勝敗、特にダービーでの敗戦に対する批判は時に度を超え

 「街中を歩く事さえままならない」

 事も多いですね。

 日本でもサッカーに限らず選手の成績が下降線を描くと

 「妻が間抜けだからだ」

 と批判を受けますが、里田まいさんのようにその努力に敬意を払われる時もあります。

 サッカー選手も大変ですが、子供と妻も同じように大変なのは間違いありませんし、移籍が続けば引っ越し繰り返し、夫同様に
新しい土地と言葉を習得しなくてはいけません。

 ブラジル人選手は地球上どこの地域にもどんどん出かけてゆきますが、だからこそ妻が傍にいることを頼もしく感じるのでしょ
うか。
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