塚田盛彦のつれづれなるままにサッカー

世界中で親しまれているサッカー。このサッカーをフィルターとして、人間社会の構造に迫っていきたいと思います。

買う、売るの繰り返しは面倒ではありますが

2018-11-29 01:11:52 | 日記
 世界文化社から今月26日「コンバース・コンプリートブック」という、一冊まるごとコンバースの特集本が発売され、購入しました。

 僕は大学時代の4年間、チャックテイラーを随分買いましたし、ジャックパーセル、そしてヴァンズの数足は手元にありましたが、実家に戻ってそのほとんどを売却してしまいました。

 ヴァンズは数年前に売却するまで手元にありましたが、チャックテイラーは手持ちのエアー・ジョーダンなどとほぼ同時に売却したのです。

 それは勤務先を半年で退職し、お金が必要だったこともそうですが、何より2000年代初頭から、

 1・コンバースもヴァンズも米国生産に終止符を打ったこと
 2・従って売却の値段に期待できたこと

 があったためです。

 今の勤務先を見つけて働き始めてからも、コンバースは「適度」に買い求めましたが、ある時

 「もうスニーカーを履く頻度は少ないな」
 「整理するか」

 ということで、再度手放したのです。

 マニアのようでマニアでないという、自分でも苦笑いするような行動ですが。

 ラツイオやフィオレンティーナ、そしてパルマが財政を立て直すべく、主力の売却に踏み切ったのもこれと同時期の2000年代初頭です。

 イングランドでもリーズ・ユナイテッドが

 「チャンピオンズ・リーグの出場ボーナスを目当てに選手を乱獲」
 「しかし、結局は選手を手放す」

 形になり、その恩恵を受けたのがアラン・スミスとリオ・ファーディナント得たユナイテッドでした。

 僕は今では希少となった、90年代の米国生産コンバースが売られているであろう店に目星がついているので、また来店してみたいと思いますが、買う、売るを繰り返すのも、サッカークラブも僕もほどほどが良いとは思いますが。
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基軸となる伝統という存在

2018-11-29 00:54:50 | 日記
 ナイキと言えば多くの方がエアー・フォース、エアー・ジョーダンのようなバッシュを連想すると思います。

 しかし、ナイキは創業時、オレゴン・ワッフル、ワッフル・トレイナー、テイル・ウインドなど、ランニングシューズで名を馳せました。

 現在のナイキはサッカー市場でアディダスと競っていますね。

 でも1970年代はブルックスやサッカニーなど、ランニングシューズの世界で競合相手の動向を探っていたわけです。

 ナイキがこのように、ランニングの世界で多くの名品を生み出し、現代でも復刻されると大きな反響を呼ぶ、言い換えれば根底にある品があるにもかかわらず、コンバースを買収したのは何故でしょうか。

 やはり、自社の歴史が浅いことを考えたための措置でしょうか。

 コンバースの誕生は1908年、伝統のチャック・テイラーの誕生は1917年と、実に1世紀の暦を持ちます。

 ナイキは自分たちが永久に持つことができない奥深さ、米国のエリートが常に英国を意識しているのと同様のあこがれを、コンバースに抱いていたのかもしれません。

 ただデザイン力やCM訴求は、従来の価値観に縛られないナイキが、コンバースを凌駕しやがて買収という、歴史が逆転する形になり、サッカーでもディアドラやアシックスを簡単にひっくり返してしまいましたね。

 でも、サッカースパイクで革新を続けるナイキも、根幹となるスパイクが無いように思います。

 言い換えれば、市場で行き詰った際に振り返る事の出来る品が無いように思います。

 例えばサンヨー食品。

 彼らが日清のラ王、東洋水産のマルちゃん製麺を意識して、自社でも生ラーメンの開発に乗り出しましたが、思うようにはいきませんでした。
 
 しかし、サンヨー食品には名品

 「サッポロ一番味噌ラーメン」
 「カップスター」

 というベストセラーがあり、ここを強化することで生めんという品で躓いても損益にはなりませんでした。

 ナイキがもし、スパイク開発で躓いたとすれば、根底に基軸となる靴が見られないことは、案外大きな穴ではないでしょうか。
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