久しぶりに小生の近況からお伝えしたいと思います。
この季節になりますと、年賀状のことが頭に浮かびます。賀状を遠慮したいというはがきをいただきますが、最近頂いたはがきを見てびっくりしてしまいました・
勤めていたときに大変お世話になり、尊敬していた先輩が亡くなったというはがきを奥様からいただいたからです。
亡くなった原因は分かりませんが、70歳という年齢はあまりにも早すぎて何といったらよいのか言葉になりませんでした。
実は、去年も同じように驚いたはがきをいただいたのです。この方の場合は、年齢が50歳代で職場の部下でした。正義感が強く、明るく、仕事ができるという方でしたが、残念でなりませんでした。
まさか、今年も同じ思いを抱くとは思いもしませんでした。
お二人のご冥福を心からお祈り申し上げます。
小生も69歳ですから他人事とは思えないのですが、運命か天命か知りませんが、神のみぞ知る、ということでしょうか?
「毎日、生きてることに感謝!」といいたいところですが、ずぼらな小生には、それもできそうにありませんね。
さて、パリから行く小さな旅ですが、モネの家の続きから申し上げます。
モネの家を見学した後には、睡蓮の舞台となった美しい池を見学するのですが、家の庭から池に向かっていきますと、これまた「ビックリ」の光景が待っていました。
まず、緑に覆われた通路を歩いて行きますと、せせらぎの音が聞こえてきました。
やがて公園のような一角が見えてきて、そこは、まさに、「緑と清流」という感じの世界でした。
溢れるような光と緑、そこに蓮の池が見事に調和していて、静かに私たちを迎えているようでした。
その緑の主役は「しだれ柳」、池の主役は「蓮」です。
観光客は、丸い感じの池の周りを内心の感嘆を抑えながら、ただ黙々とシャッターを切っていました。
これは、日本庭園ですね。おまけの日本式の橋まであります。
モネがいかに日本に憧れていたのかが分かります。
<睡蓮の池>

<睡蓮の池の公園>

<同じく>

ここは一見の価値あり。じっくり時間をかけて見たいところですが、滞在時間の1時間が「あっ」という間に過ぎてしまいました。
今度パリに来る時には、モネの勉強をしてからにしたい、などと反省していますが、このように心を残しながらパリに戻りました。
心が残っているためか?パリに近づきますと道路が混雑してきて、時間が心配になりましたが、途中、凱旋門のところを通過しました。
これは、チャンス!とばかりにカメラのレンズを向けたのですが、座席の位置が悪くシャッターチャンスを逃してしまいました。
時間の余裕はあれば凱旋門を見たいと考えていたのですが、残念ながらこれがラストチャンスだったのです。
ということで、予定より少し遅れましたが、マイバス社から歩いて買い物に行くことにしました。
かみさんは、まず、免税店に行きたいそうです。
しかし、その前に「腹が減っては戦が出来ぬ」とばかりに、性懲りもなく、日本料理店が並ぶ横町に行くことにしたのです。
今度は、前に失敗した店の先に「札幌ラーメン」の看板が見えましたので、その店に向かったのですが、お休みでした。
がっかりしながら、その店の右側を見ますと、もう一軒、中華料理店が目に入りました。
この店は、活気に満ちていて、何人か席が空くのを待っていました。
幸い、すぐに座れましたので、またまたラーメンを注文、「焼きそばが良かったかな?」などと思いながら、小生だけぎょうざを注文しました。
いやー、ここの味は、麺も、汁も、餃子を大変結構なものでした。
久しぶりに日本の味に舌鼓を打った二人でしたが、周りをよく見ると、ほとんどがフランス人のようです。
隣の席には、若い男女が5人ぐらい座っていましたが、かつ丼を食べています。
最初は、箸で食べていたのですが、途中からフォークで食べだしました。
何でも結構、美味しいものに国境はないのです!
さて、ここから免税店に戻り、かみさん、地下の売店を物色するが、何をお土産にするのかなかなか決まりません。
それでも、親戚への贈り物が決まり、小生は「ほっ」とするが、チョコレートなどの定番の土産物必要ではないのか?と余計な心配をしていました。
次は、「モンマルトルの丘」に行こうかと思ったのですが、地下鉄の乗り換えや、現地不案内などがあり、さらに、時間が意外と少なくなっていることからモンマルトルの丘に行くことは断念することにしました。
そして、オペラ座駅方面に歩きだしたのですが、横道にそれてコンコルド広場まで行ってしまいました。
その途中、洋装店などを覗いたり、コンコルド広場からシャンゼリゼ通りに行くと通にある公園で一休みするなど、最後のパリを十分堪能した二人でした。
などといいてますが、もう少し頑張れば、、シャンゼリゼ通りから凱旋門まで行くことができたのかも知れません。
こうして、コンコルド駅から地下鉄の8番線に乗り、ホテルに戻ったのですが、ほとんどのカ方々が戻っていました。
これから、シャルル・ドゴール空港に行って日本に帰りますが、本当に楽しい思い出を沢山いただいた旅でした。
最後に、この旅でお世話になった方々に感謝を込めて「皆さん、メルシー!」
<以上で、2004年の7月に訪問した「パリから行く小さな旅」の旅行記を終了します。それでは、これにて失礼します。>
この季節になりますと、年賀状のことが頭に浮かびます。賀状を遠慮したいというはがきをいただきますが、最近頂いたはがきを見てびっくりしてしまいました・
勤めていたときに大変お世話になり、尊敬していた先輩が亡くなったというはがきを奥様からいただいたからです。
亡くなった原因は分かりませんが、70歳という年齢はあまりにも早すぎて何といったらよいのか言葉になりませんでした。
実は、去年も同じように驚いたはがきをいただいたのです。この方の場合は、年齢が50歳代で職場の部下でした。正義感が強く、明るく、仕事ができるという方でしたが、残念でなりませんでした。
まさか、今年も同じ思いを抱くとは思いもしませんでした。
お二人のご冥福を心からお祈り申し上げます。
小生も69歳ですから他人事とは思えないのですが、運命か天命か知りませんが、神のみぞ知る、ということでしょうか?
「毎日、生きてることに感謝!」といいたいところですが、ずぼらな小生には、それもできそうにありませんね。
さて、パリから行く小さな旅ですが、モネの家の続きから申し上げます。
モネの家を見学した後には、睡蓮の舞台となった美しい池を見学するのですが、家の庭から池に向かっていきますと、これまた「ビックリ」の光景が待っていました。
まず、緑に覆われた通路を歩いて行きますと、せせらぎの音が聞こえてきました。
やがて公園のような一角が見えてきて、そこは、まさに、「緑と清流」という感じの世界でした。
溢れるような光と緑、そこに蓮の池が見事に調和していて、静かに私たちを迎えているようでした。
その緑の主役は「しだれ柳」、池の主役は「蓮」です。
観光客は、丸い感じの池の周りを内心の感嘆を抑えながら、ただ黙々とシャッターを切っていました。
これは、日本庭園ですね。おまけの日本式の橋まであります。
モネがいかに日本に憧れていたのかが分かります。
<睡蓮の池>

<睡蓮の池の公園>

<同じく>

ここは一見の価値あり。じっくり時間をかけて見たいところですが、滞在時間の1時間が「あっ」という間に過ぎてしまいました。
今度パリに来る時には、モネの勉強をしてからにしたい、などと反省していますが、このように心を残しながらパリに戻りました。
心が残っているためか?パリに近づきますと道路が混雑してきて、時間が心配になりましたが、途中、凱旋門のところを通過しました。
これは、チャンス!とばかりにカメラのレンズを向けたのですが、座席の位置が悪くシャッターチャンスを逃してしまいました。
時間の余裕はあれば凱旋門を見たいと考えていたのですが、残念ながらこれがラストチャンスだったのです。
ということで、予定より少し遅れましたが、マイバス社から歩いて買い物に行くことにしました。
かみさんは、まず、免税店に行きたいそうです。
しかし、その前に「腹が減っては戦が出来ぬ」とばかりに、性懲りもなく、日本料理店が並ぶ横町に行くことにしたのです。
今度は、前に失敗した店の先に「札幌ラーメン」の看板が見えましたので、その店に向かったのですが、お休みでした。
がっかりしながら、その店の右側を見ますと、もう一軒、中華料理店が目に入りました。
この店は、活気に満ちていて、何人か席が空くのを待っていました。
幸い、すぐに座れましたので、またまたラーメンを注文、「焼きそばが良かったかな?」などと思いながら、小生だけぎょうざを注文しました。
いやー、ここの味は、麺も、汁も、餃子を大変結構なものでした。
久しぶりに日本の味に舌鼓を打った二人でしたが、周りをよく見ると、ほとんどがフランス人のようです。
隣の席には、若い男女が5人ぐらい座っていましたが、かつ丼を食べています。
最初は、箸で食べていたのですが、途中からフォークで食べだしました。
何でも結構、美味しいものに国境はないのです!
さて、ここから免税店に戻り、かみさん、地下の売店を物色するが、何をお土産にするのかなかなか決まりません。
それでも、親戚への贈り物が決まり、小生は「ほっ」とするが、チョコレートなどの定番の土産物必要ではないのか?と余計な心配をしていました。
次は、「モンマルトルの丘」に行こうかと思ったのですが、地下鉄の乗り換えや、現地不案内などがあり、さらに、時間が意外と少なくなっていることからモンマルトルの丘に行くことは断念することにしました。
そして、オペラ座駅方面に歩きだしたのですが、横道にそれてコンコルド広場まで行ってしまいました。
その途中、洋装店などを覗いたり、コンコルド広場からシャンゼリゼ通りに行くと通にある公園で一休みするなど、最後のパリを十分堪能した二人でした。
などといいてますが、もう少し頑張れば、、シャンゼリゼ通りから凱旋門まで行くことができたのかも知れません。
こうして、コンコルド駅から地下鉄の8番線に乗り、ホテルに戻ったのですが、ほとんどのカ方々が戻っていました。
これから、シャルル・ドゴール空港に行って日本に帰りますが、本当に楽しい思い出を沢山いただいた旅でした。
最後に、この旅でお世話になった方々に感謝を込めて「皆さん、メルシー!」
<以上で、2004年の7月に訪問した「パリから行く小さな旅」の旅行記を終了します。それでは、これにて失礼します。>