手稲は最高!

手稲在住30年、手稲って本当にいいなって常々思っています。時に触れ、折に付け思いついた事を、取り留めなく書いてみます。

9月8日(火)

2009-09-08 18:34:19 | 身辺雑記

家内が北大の歯科に出かけるのを8時15分に駅まで送り、9時半からのコミセン運営委員会に出席、11時50分帰宅、すぐ家内が留守なので昼飯のパンを自分で焼いて食べ、12時45分、福祉センターの詩吟に出かける。今日は24人来ていた。教室を今月からやめたI君が来ている。それに教室のTさんも来ている。前回来ていなかった人もかなり居ましたので、前半の「想夫恋」、模範吟と注意するべきところの指摘などをし、合吟も男女2回づつやらせたので、時間が足りなくなり、今様もやって見るつもりが出来なかった。後半は「九月十日」をやった。前半時間を掛けすぎたので九月十日の解説、簡単に終わらせた。もう少し話してやりたかった。この次時間の余裕が有れば追加して話してあげよう。

 帰宅してすぐ、全道大会の出吟料、昨日で全部集まっていたので、郵便局に振込みに行く。振込用紙が同封されていたのでそれを使って振り込んだ。この形での振り込み初めてなので、一寸戸惑ったけれど、わかりました。教室が3つ有りますので全部集めるのに最低一週間かかります。申し込みも同じ事で、毎回全員がそろっていればいいのですが、なかなか一度には決めかねます、すると時間がかかる。外の申し込みなどと重なると本当に面倒です。それぞれの教室は登録では別になっているけれど、碌峭会という一つの会が分かれているだけで、出演は合同になる部分もあったりしますので、教室ごとにやってもらうわけに行かないのです。今度は来月十周年の集金と為ります。

 郵便局の帰りに車のガソリンを入れてきました。セルフで118円でした。いつの間にかじわじわ高くなっている。それでも、最近は遊びに殆ど使わないから一回入れると1か月以上乗れる。

 明日は午前中健幸クラブの詩吟、午後は先週取ったポリープの検査結果を聞きに行くことになっている。この一週間、本当にお酒は飲まないで来ました。明日の晩は晩酌OKとなると思うけれど・・・。
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九月十日(重陽後一日)

2009-09-07 16:23:35 | 随想


菅原道真の詩、「去年の今夜清涼に侍す/愁思の詩篇独り断腸/恩賜の御衣今此処に在り/捧持して余香を拝す」は、知っている人も多い。

 この詩の「愁思の詩篇独り断腸」という部分の解釈で、かなり権威のある解説書で「愁思の勅題で私の作った詩は、外の方の作った詩よりも断腸の悲しみに満ちていた」となっている。確かに「愁思」は悲しみを表現する題だから、言葉どおり私の作った詩が断腸の思いに満ちていたと解釈するのが当然とは思う。でも、一寸納得できないのが、自分の作った詩をこのようにひけらかすものだろうかという思いだ。むしろ、私の作った愁思の詩が天皇の心にかない天皇の衣まで頂いた。あの時の喜びに比較して、大宰府に配流の身で居る現在の心境は断腸の思いだ。というような、一族の皆が追放と為り、自分はこんな境遇になったこのことに対する思いが断腸なのではないかと思う。そうすると、天皇のこの処遇に対する不満と取れなくも無い。そうすると後の「捧持して余香を拝す」と矛盾することになる。そんな異論が出そうだ。しかし、身の不幸を嘆く言葉ととって、それが天皇に対する不満と考えなくてもいいはずだ。大宰府について間もなくの詩に「家を離れて三四月/涙を落とす百千行/」というのがある。是も断腸の思いだ。此処には不平や怨嗟の念は無い。

 「愁思の詩篇」も読んでみたが、確かに悲しみが表現されているが、断腸という言葉が当てはまるようにも思えない。ただ、このような境遇に為りかねない予感のようなものがあったとすれば、その点を追憶し断腸の思いになるということは出来るかもしれない。

 結論として、字句通りに解釈すれば、「私の作った詩は、断腸の趣があった」となるけれど、それは余り直接過ぎる解釈だと思う。
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詩吟の審査会・・・今日は審査員です

2009-09-06 19:23:02 | 身辺雑記

 教育文化会館に9時15分までに集合となっている。まだ審査員になって2年目の新米だから遅れるわけにはいかない。家を7時35分に出て、手稲駅まで歩いてゆく。7時50分頃に駅について、バスを待っていたら幹事のKさんが来た。何時も電車で札幌に行き、地下鉄で行っているという。私がバスで行くというので今日はバスにしますとおっしゃって一緒しました。

 9時前に教育文化会館に着きました。時間の経つのは早くて、9時45分の開会まであっという間でした。

 今回は受審者がいつもより少なく、おまけに欠席者の数もいつもに無く多くて14時過ぎに終了してしまいました。

 私は、第二会場(高段者の部)の審査でした。さすが高段者にはいい吟をされる方が多かった。終わると審査員は一言講評を言わされることが多いのです。今日も始まる前に審査委員長から、終わったら講評をといわれていて、いつものことと思っていたら、何と男性の審査員二人は前に出て講評し、女性の審査員四名は模範吟となった。是は今までに無い経験で、一寸戸惑った。

 私の会からは6名受審しました。一人、短縮合格を期待していたのですが。何と詩文を持参しないでやって、二度絶句したという。律詩で長いということは有りますが、完全に暗記していた筈です、怖いものです。ちょっとした弾みに、詩文が浮かんでこなくなる経験は誰もがすることなのです。一度、この失敗を経験したら、次からは大丈夫です。良い経験と思うべきです。
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今日の雨

2009-09-05 18:35:49 | 身辺雑記

午前中に「西支部便り」を封入し、明日の審査会で渡せるところに渡す準備を終わらせた。昼ころ雨雲が空を覆い、スコールのような雨が来そうな感じになった。ところがぱらぱら降って止んでしまった。


 今日は平和教場なので12時25分家を出ようとしたら雨がまたぱらぱら降っている。これからひどくなるのかなと思いつつ車を走らせた。出た時はワイパーも継続にしなくても良かったが、まもなく継続にしなければならなくなった。ところが手稲を出た辺りから道路が乾いている。 西野に行くとまた雨になった。さらに進むとまたやむ。平和の近くに行くと道路の左車線がぬれていて、右車線は乾いているのだ。左車線は私と同じように雨にぬれた車が走った跡で、平和のほうは雨が降っていないのだ。

 20分ほど走る間に、雨の降っているところ、降らないところがある。時々雨ではなくて、所々雨だったのだ。秋の雨になったということですか。

 教室では、2月ほど入院治療していた福田さんが元気になってお出でになっていた。住山さんが代わって入院中、高齢者が多いのだから仕方がありません。

 92歳の福島さん今日も来ていて、元気に吟じて行きました。

 明日は、審査、私は上級者の方の審査員に指名されている。こちらには私のお弟子さんが一人だけなので、気楽かな?
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ポリープを取った後遺症は無いみたいだ

2009-09-04 20:49:59 | 身辺雑記

 一週間くらいは大事にして欲しいといわれたのだけれど、三日目の今日詩吟でお腹に力を入れることがどうなのか心配だったけれど、やりました。その後特に変化が感じられないから大丈夫なのでしょう。

 一週間飲酒は駄目といわれている。残念です。今日も暑い日だったので、晩酌にビールがほしかったけれど我慢しました。

 来週の水曜日、ポリープの病理検査の結果を聞きに行きOKが出れば元に戻ることが出来る。大丈夫だと信じているけれど・・・。

 激しい運動も駄目という、パークゴルフは激しいといえないのだけれど、でもなんだか怖くて行けない。

 先ほど、詩吟。札幌西支部便りの印刷が終了しました。A4 裏表2枚、80部、私の印刷機が悲鳴を上げています。支部から黒と黄色のインクを買ってもらいましたけれど、黒は足りないくらいでした。まあ、仕事も楽しみのうちだから辛抱します。
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「霜は軍営に満ちて秋気清し」・・・

2009-09-03 20:29:48 | 身辺雑記

今、窓を開けて見たら空高くくっきりと15日の月が見えていた。窓に吹く風は初秋の心地よさがある。そんな月を見ながら、上杉謙信のこの詩を思い浮かべた。

 どうも理解に苦しむところがある。詩文としてはとても素晴らしい。口に乗せても心地よい。だけど、「霜は軍営に満ちて」ってどうなのだろう。この詩は能登の七尾城を落としたときの詩だ。季節は9月13日、今の11月になるでしょうが、一面に霜が降りているというのでしょうか、それも三更というのですから、午前零時過ぎに、もうそんなに霜が降りるのでしょうか。一番気温の下がるのは朝方だと思うのですが。さらに、「秋気清し」といいますが、確かに霜の降りるようなときは澄み渡った夜空のときだと思う。その点では清らかだけれど、中秋なら秋気がすがすがしく感じると思うのだけれど、晩秋のしかも霜が降りる夜なら、寒くて、肌寒さを感じるくらいで、清しといえるのだろうかという疑問でした。

 ただ、これは詩ですから、詩的レトリックで、それをあげつらうのは野暮な話です。はるばる越後から遠征して、今素晴らしい勝利を勝ち取った謙信には霜の寒さも心地よかったのでしょう。

 李白は、「牀前月光を看る/疑うらくは是れ地上の霜かと」と歌っているが、月の光を霜と見間違えるということは、一面に降りた霜の白さを知っているということです。どうも霜が降りて一面が白くなるというのが実感として浮かばないのです。

 確かに、霜柱が立つようなときは白くなっていますが、これは冬の初めで、月が一番美しい中秋とは時期がずれるのです。

 西行の和歌に「嘆けと手月やは物を思はする・・」というのが有りますが、そんなロマンは、わが青春に有っただろうか。百人一首にとられているけれど、現代人にはなんとも女々しい、ヤワな歌です。
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疲れました・・・・

2009-09-02 19:45:04 | 身辺雑記

 朝7時20分に家を出た。
 札幌消化器科病院に8時20分に着きました。売店が8時30分に開く。スポニチを一部買って待機、8時45分に待合室に案内され、早速説明、目の前には2Lのボトルとコップが用意されている。11時までにその2Lを飲み看護婦からのOKを待つ。今日は11名の仲間が居ました。13時に検査順序が知らされる。3組になる、私は1組の3番でした。検査は13時30分から始まり。一人約30分ということでした。私は14時30分が予定だったのですが、遅れて14時45分に呼ばれました。

 心配でした。先に順番を言いに来たとき、「ポリープがあったら取りますか、もしポリープが大きくて入院しなければならなければ入院できますか」とか聞かれていて、もしも入院となったらどうしょう・・・ひょっとして悪性腫瘍があったらどうしようなんて考えていた。しかし、どうであれ、結果を待つしかない。検査が進みます、時々腹が裂けそうな圧迫を感じたりしながら居た。すると、ポリープが有ります、取りますか?と聞かれた。お願いしますといって取ってもらいました。全く何も感じないうちに終わった。

 終わって車椅子に乗せられて、カーテンてで仕切られた部屋に連れてゆかれ、ポリープを切除しているので、止血の点滴1時間でした。最後、先生からポリープは見た感じでは悪性でないと思うけれど、検査の結果は1週間後に為りますので、来てください。といわれて終わった。会計も終わって時計を見たら17時です。

 腹がとても張って、辛い、でも後は時間が経てば戻るのですから、ただ我慢だけです。途中、家に電話して、今晩はおかゆにして欲しいとつたえて帰宅し先ほど夕食を終えました。

 ポリープを取った人は、1週間お酒はだめ、力仕事はだめといわれた。ところで明後日は詩吟の教室なのだけれど、思い切っておなかに力をいれることはいいのだろうか。多分、二日もあれば傷口は収まっているのだと思います。

 とにかく、早くやってよかった。もう少し置いたら入院ということになったのでしょう。癌は無かったのだし、やれやれです。

 でも疲れました。
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今日は検査食でした

2009-09-01 19:31:58 | 身辺雑記

 あす内視鏡検査を受けることにしたので、今日は検査食。朝と昼はおかゆと吸い物。晩はスープだけ。でも間食が有りそんなに苦痛は無い。苦痛は明日の検査なのです。何回も経験しているのだから、怖がることも無いのだけれど。

 病院が遠いので、7時半過ぎに家を出なければならない。食事は出来ないのだからどうということも無い。車で行ければ楽なのに、車は止められているので仕方が無い。

 3年間、検査をしなかったのでやや心配です。何も無ければいいのだけれど・・・。

 今日の午後は、福祉センターの詩吟、19人の出席でした。休んだことの無い高橋さんが来ていなかった。体調でも崩したか心配です。とても熱心で、歩くのが不自由なのに、楽しみにしてきてくれるのです。

 今日の後半は「想夫恋」をやりました。平家物語の「小督」(こごう)の話をしてあげました。次回には今様も入れて吟じてみます。

 
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