GHQ焚書図書開封 第93回
-あるドイツ人の見た支那事変-
「ドイツはアジアをかく見る」に書かれたアメリカの実態。
カルフォルニア州サンディエゴでの支那人排斥後、新たに日本人移民があり、そして日本人もやがて排斥運動の対象となった。
ヨーロッパ人からみると政治的教養と社会的正義が欠如したアメリカ人として映る。それは、イラク、イラン、北朝鮮を悪の枢軸と決めつけたり、イラクのサダム・フセインやリビアのカダフィ大佐の殺傷にあたっての残虐性にあらわれている。
蒋介石は数百年に亘って国家統一を知らず、国家統一そのものに無関心な民族を、緊密に中央集権化した国家と国家意識に目覚めた国民にしたいと思った。
また、蒋介石は日本と支那の並立を望んでいた。
親日家であった蒋介石が、張学良にたぶらかされ、ソ連、イギリス、アメリカの援助を受けられれば、日本に対抗できると信じ、抗日に変貌したことは、大きな過ちであった。日本は支那を敵としていなかったが、抗日は排除する考えであった。
日本は西洋の侵略を許した罪を認めない支那が許せなかった。
アメリカは1937年の支那事変までに、太平洋の堡塁を越えてアジアに進出してきた。
イギリスは、インド、シンガポール、オーストラリア、香港と支那に進出してきた。
日本は生きるための防衛上の小さな拠点を持ったに過ぎなかった。
日本は西洋の優れたものを謙虚に取り入れ、学ぼうとしたが、支那は優越感を示すことで西洋の様々な優れたものに対して対立・拒絶した。
支那が衰退したのは西洋のせいだとし、自国の弱さを反省しなかった。
文官優位の官僚政治の支那は、身分の低い武人が西洋に負けたのであって、文官は負けたわけではないとし、国としての敗北を認めなかった。
国際的シンジケートによる借款によって搾取をもくろむ英米から、支那を守ろうとした日本。
英米は、インドと同じような搾取が日本の抵抗にあってできないことを知って支那から逃げ出し、コミンテルンの支配強化に手を貸した。
逃げ出すにあたって、支那の英米に対する憎しみを日本に転嫁させることに成功した英米。
その後、支那に残された日本は、英米の身代わりになって支那の攻撃を一身に浴びることになる。
参考文献3:「GHQ焚書図書開封5,6」西尾幹二 「ドイツはアジアをかく見る」ウェルネル・A・ローエ
-あるドイツ人の見た支那事変-
「ドイツはアジアをかく見る」に書かれたアメリカの実態。
カルフォルニア州サンディエゴでの支那人排斥後、新たに日本人移民があり、そして日本人もやがて排斥運動の対象となった。
ヨーロッパ人からみると政治的教養と社会的正義が欠如したアメリカ人として映る。それは、イラク、イラン、北朝鮮を悪の枢軸と決めつけたり、イラクのサダム・フセインやリビアのカダフィ大佐の殺傷にあたっての残虐性にあらわれている。
蒋介石は数百年に亘って国家統一を知らず、国家統一そのものに無関心な民族を、緊密に中央集権化した国家と国家意識に目覚めた国民にしたいと思った。
また、蒋介石は日本と支那の並立を望んでいた。
親日家であった蒋介石が、張学良にたぶらかされ、ソ連、イギリス、アメリカの援助を受けられれば、日本に対抗できると信じ、抗日に変貌したことは、大きな過ちであった。日本は支那を敵としていなかったが、抗日は排除する考えであった。
日本は西洋の侵略を許した罪を認めない支那が許せなかった。
アメリカは1937年の支那事変までに、太平洋の堡塁を越えてアジアに進出してきた。
イギリスは、インド、シンガポール、オーストラリア、香港と支那に進出してきた。
日本は生きるための防衛上の小さな拠点を持ったに過ぎなかった。
日本は西洋の優れたものを謙虚に取り入れ、学ぼうとしたが、支那は優越感を示すことで西洋の様々な優れたものに対して対立・拒絶した。
支那が衰退したのは西洋のせいだとし、自国の弱さを反省しなかった。
文官優位の官僚政治の支那は、身分の低い武人が西洋に負けたのであって、文官は負けたわけではないとし、国としての敗北を認めなかった。
国際的シンジケートによる借款によって搾取をもくろむ英米から、支那を守ろうとした日本。
英米は、インドと同じような搾取が日本の抵抗にあってできないことを知って支那から逃げ出し、コミンテルンの支配強化に手を貸した。
逃げ出すにあたって、支那の英米に対する憎しみを日本に転嫁させることに成功した英米。
その後、支那に残された日本は、英米の身代わりになって支那の攻撃を一身に浴びることになる。
参考文献3:「GHQ焚書図書開封5,6」西尾幹二 「ドイツはアジアをかく見る」ウェルネル・A・ローエ