GHQ焚書図書開封 第18回
侵略の第1階梯はスペイン・ポルトガルを代表とする暴力一点張りの強奪手段による方法で、ロシア、イギリス、フランス、オランダなどのシベリア、インド、ビルマにおける掠奪である。第2階梯はオランダ、イギリス、フランス、ロシアが加わり、国家を代表する商社や貿易会社を先頭にした方法で東インド会社のように自ら軍隊をもって行っていた。第3階梯は侵略を対象とした国や地方を独立国、自治国扱いとし、ロボット政府として支配するもので、主に清朝の支配下にあった、アフガニスタン、イラン、外モンゴル、チベット、ウィグルの名誉を守る形式をとったロシア、イギリスのにる謀略的なものであった。第4階梯はアメリカやソ連のように合衆国とか連邦という名で各国をまとめ支配する方法であった。
オスマントルコ帝国の衰亡とともに始まったアフガニスタンとイランの悲劇。
イギリス、フランスが最初にシリア、レバノン、イラン、イラクに侵略を開始した。
イギリスは同時に、アフリカの南端を回り、インド、ミヤンマーへ、フランスはベトナム、ラオス、カンボジアへ、オランダはインドネシアへ、ロシアは各地で南下して侵略を開始した。
シリアはイギリスとフランスの対立の場となり、独立を約束したマクマホン条約を反故にされ、英仏の欺瞞工作の結果、最後にフランスの委任統治国となった。
アフガニスタンは、アブドゥル・ラーマン国王の継承問題を巡ってイギリス、ロシアの紛争地域となり、英露の分割協定の対象となった。
イランはロシア革命後、ロシアの友好的な詭弁である独裁国家の同盟条約によりロシアに隷属する状態に陥る。
イラクは、昭和5年6月30日イギリス・イラク新条約によりイラン同様に不利な片務条約を結ばされた。
新彊は、清朝と露西亜との間で結ばれた明治11年のリパジャ条約、ペテルスブルグ条約でロシアに割譲支配された。
外モンゴルはロシアによる傀儡政府樹立により隷属支配下に落ちた。
西蔵(チベット)は、最初英露からねらわれていたが、英が日露戦争を画策した結果、清朝と英との間のラサ条約によりイギリスから悪辣な植民地支配を受けることになった。
その侵略手段は、インドに亡命していたダライラマを連れ戻し、ロシアの外モンゴル同様、独立と自治を旗印に傀儡政府をつくり支配するものであった。
西蔵(チベット)は第二次世界大戦後、今度は毛沢東の支配下に落ちるという気の毒な歴史を綴っている。
参考文献:『GHQ焚書図書開封2 第九章 503~555/790P』西尾幹二
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