俗物哲学者の独白

学校に一生引きこもることを避けるためにサラリーマンになった自称俗物哲学者の随筆。

味覚障害(3)・・・卵

2016-03-17 09:57:09 | Weblog
 旨味を知覚できなくなったことや野菜の味が分からなくなったことと比べれば些細なことだが、卵の味も知覚できなくなってしまった。奇妙な表現だが、合成された卵味なら知覚できるのに本物の卵を食べても卵の味を感じなくなった。つまり、カステラを食べれば卵の旨みを感じられるのに卵料理を食べても卵の味がしない。様々な玉子焼きや錦糸卵、あるいは卵かけご飯も試してみたが、一向に卵の味がしない。卵の風味を味わえるのはカステラなどの卵菓子を食べた時だけだ。
 確かにカステラには卵が使われているからカステラを食べて卵の味を感じても当然だろう。しかし卵そのものを食べても感じない私がカステラを食べて感じる「卵の味」とは一体何なのだろうか。多分、化学的に合成された卵風味でありこれが卵以上に「卵らしい味」になっているのだろう。私は本物の卵では卵の味を知覚できないのに、人工香料と化学調味料によって作られた「卵味」なら知覚できるという情けない味覚を獲得させられてしまった。
 私には卵に対する特別な思い入れがある。卵ほど安くて旨くて栄養価の高い食材は他に無いと今でも考えている。貧乏な大学生時代も卵だけは欠かさなかった。生卵だけを持参して生協で卵かけご飯を食べたり、鮮度の落ちた卵なら何個も茹で卵にして食べたものだ。インスタントラーメンは勿論のこと、ちょっと贅沢をして野菜炒めを作る時にも必ず卵を入れた。
 こんな万能食材とも思える卵だが当時から謂われ無き中傷に晒されていた。「コレステロールが増えるから卵を一日に2個以上食べてはならない」と多くの人が信じていた。幸いなことに大学生の私は大学の図書館を利用してこれが根も葉も無いデタラメであることを知ったが、周囲の人々はマスコミまでがグルになって報じる卵有害説を疑おうとはしなかった。厚生労働省が卵の摂取制限を解除したのはそれから四十余年を経た昨年のことだ。しかし彼らは自らの誤りを積極的に告知しようとしないから多くの人々は今尚、卵の摂食制限を信じている。このことが、私のマスコミや官公庁に対する不信の原点ともなっている。
 「アメリカの夜」というフランソワ・トリュフォー監督の映画がある。この作品の英語でのタイトルは`Day for Night'でありハリウッドで多く使われる技法を皮肉っている。それは、夜に撮影するよりもカメラにフィルターを付けて昼間に撮影したほうが「夜らしい」映像が得られるという技法だ。本物よりも贋物のほうが高く評価される社会に私は憤るが、私自身が贋物の卵風味を本物の卵以上に卵らしく感じる体質になってしまったことを嘆かずにはいられない。鏡に映らない妖怪や幽霊の話はしばしば耳にするが、私は鏡に映った映像でしか外部を認知できない化物に改造されてしまった。