水に降る雪

おもに宝塚、そして日々のこと

舞台「どろろ」

2020-08-05 | 鈴木拡樹

花組大劇場公演の8/16までの中止が発表されました

あれだけ対策をやっていても、どこかに抜けが出てしまうんでしょうか

本公演は大人数なだけに本当に難しい。感染された方の一日も早い回復をお祈りしています。

 

 

さて、続きに時代劇専門チャンネルさんで放送された舞台「どろろ」の録画をやっと見ることが出来たので感想を。

 

なんと言ってもやっぱり原作の手塚治虫さんですよ。凄すぎる

少年マンガは基本ほとんど読まないし、アニメもあまり見ないです。断片的に一部をちょこちょこ見聞きするくらい。

手塚さんの作品も最初から最後まで読むか見るかした作品は無い気がします。

「どろろ」もタイトルとざっくり、魔物に奪われた自分の身体を取り返していく話、くらいしか知りませんでしたし

それでもその数少ない作品が、強烈に印象に残ってたりするんですよね

 

「火の鳥」に出てくる八百比丘尼の話とか忘れられないです。

 

人間の業の深さ、弱さ、白にも黒にもなる複雑さ、因果応報的恐ろしさとかね

読者に媚びないで、容赦なく人の心を抉ってくる作品が多い印象です。

 

「どろろ」もそんな作品の一つといっていいのかな。

連載当時、話が暗すぎて人気が無かったそうですが、そりゃそうですよね~お子様向けの作品じゃないですよこれ

それでも一部の人には圧倒的評価を受けてたらしいですね大人になって読み直したら、評価が変わったって人も多いのかも。

手塚さんはストーリー漫画の祖みたいに言われたりして、その影響力は計り知れない方ですよね。

日本の漫画が海外と違って単純な子ども向け作品でなく、大人の鑑賞に耐えうる作品が多いのは、

初期の時代から子ども向けだからと言って手を抜かない姿勢にあったのかなと思います。

 

 

で、舞台の「どろろ」です。

これ、生で観たかったな~画面越しでもあの迫力、鳥肌ものでしたしボロ泣きしました。

いつかもし再演されることがあったら絶対観たいと思います。そんな日が来るといいなぁ

 

なんといっても、ひろきさん(鈴木拡樹)の演技というか役への入り込み方がスゴかったです。

2時間近く台詞が一言も無いし

ぎくしゃくした動き方とか、殺陣もすごかったですが、見えてない時のお芝居がもう

焦点全然合ってなくて瞬きもしないし、光が無く虚ろで、ただのガラス玉のように見える

視力が戻った瞬間それとわかりますけど、焦点が合うようになっただけでなく、目に生気がある不思議

なんでそんな風に見えるんだろう

そして耳が聞こえるようになった瞬間の反応も。

色々な音が一度に押し寄せて来るという初めての経験って、きっと恐ろしいんだろうな。

声を取り戻してからも、初めはたどたどしくて発声も変で、上手く喋れなくて片言で。

自分の実父である景光に対して言う「なんだ、おまえは」。百鬼丸は何を感じてそう言ったんだろう

 

自分の野望や領地の為に、我が子を鬼神の生贄にするなんて酷すぎる。その時点で悪魔に身を売ったとしか。

でも人間は世界中のあちこちで、人間を生贄にしてきた歴史があるのよね

他でもない我が子を捧げたのは、領主として恥ではないと言い放つ父親。

民衆の側から見れば、それでこそ上に立つ者の為すべき事と称賛しそう

現代でも自分を犠牲にして何かをやり遂げるのを、美談にしがちな日本人ですから

 

でも自分の身体を取り戻したい、生きたいと考えるのは当たり前のこと。

一族や領民の為に犠牲になれというのは身勝手すぎる。

ただそのための争いで妖魔だけでなく、必然的に人間も斬ることになってしまう。

 

鬼神から身体を全部取り戻しても、百鬼丸は逆に人では無い者になってしまうのではないか。

育ての親だった寿海が心配するのもわかります。

怒りから、まるで獣のように荒れ狂う百鬼丸を見てしまうとね。

その時の叫び声も凄いです。どこからあんな声を普段の優しくて心地いいまろやかな声とは大違い

百鬼丸は身体のあちこちに欠落があるのと同時に、精神的にも子どもで完成されてなくて、

悪鬼に成長しかねない危うさがあったということなんでしょうか。

それを止めるために、新しい義足を与えることに首を振る寿海。

それでも百鬼丸は闘いに出て行く。

 

「どろろ」は原作やアニメ、映画、ノベライズとかそれぞれで少しずつ描き方が違っていて、終わり方も違うみたいですね。

舞台の「どろろ」は希望の見える終わり方になってるのがいいなと思います。ご都合主義な終わり方というわけではなく。

原作はきちんと完結してないみたいですが、手塚さんだと救いようのない最後に平気でしそうです

現実が救いようのないむごさに溢れてるからかもしれませんが。

 

でもそのために色々な解釈で終わらせることが出来るのはよかったのかもしれません

舞台では百鬼丸を生贄にした家族それぞれの葛藤とか、単純に悪者として描いてないし、

その家族も含め、どろろ、琵琶法師、助六、みおなどと関わったおかげで寿海の気持ちが伝わったのか、百鬼丸は闇堕ちしなかったし。

 

 

どろろ役は女性でしたが、最初何も疑わずに見てて

この役、ちるちる(彩みちる)に演らせたら上手いだろうなぁ、と思いながら見てました。

でも最後の方、目が見えるようになった百鬼丸が、どろろに対して「綺麗だ」って言うんです

そこまできて女の子だったのか、ってわかりましたほーんと宝塚脳だわ

外の舞台なんだから、男の子の役は男の子に演らせますよね。

女性が演るからには、男のようななりナリをしていても普通に女の子に決まってます

 

ところで「どろろ」の主人公は百鬼丸だと思うんですけど。

なんでタイトルは「どろろ」なんでしょうね

どろろの明るさ、真っ直ぐさ、精神の強さは、百鬼丸が人として強くなるために、絶対に必要だというのはわかるんですが。

どこかでアニメの放送ないですかね。見てみたいです。拡樹さんが5話まで台詞が無かったという


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