アポリネールの「月の王」では、
語り手の「私」は狂王ルートヴィヒと一緒に、
「夜明けを迎えた日本のさわやかな雰囲気」を呼びさます音を聞く。
一方、『王国』の語り手の「わたし」は、
狂気の木崎から過去の自分を消されて、夜明けと共に日本の地を離れる。
「捨てられるというのは、自由と同じ意味だ」とつぶやきながら。
フォークナーのヨクナパトーファ・サーガ(連作)のように、
ゆるやかにつながる物語群を予想させる見事なオープン・エンディングだ。(了)
(『新潮』2012年1月号より)
アポリネールの「月の王」では、
語り手の「私」は狂王ルートヴィヒと一緒に、
「夜明けを迎えた日本のさわやかな雰囲気」を呼びさます音を聞く。
一方、『王国』の語り手の「わたし」は、
狂気の木崎から過去の自分を消されて、夜明けと共に日本の地を離れる。
「捨てられるというのは、自由と同じ意味だ」とつぶやきながら。
フォークナーのヨクナパトーファ・サーガ(連作)のように、
ゆるやかにつながる物語群を予想させる見事なオープン・エンディングだ。(了)
(『新潮』2012年1月号より)