日曜日の曇った午後、買い物が終わり、横断歩道で信号待ちをしていた。
かなり大きな道路で、トラックや自動車がブンブン唸るように走っていた。
横断歩道の信号が、赤から青に変わり、僕は道を渡った。
向こうから横断歩道を渡る人が、たくさん歩いてきた。僕はその人たちをかわしながら、横断歩道を渡った。
ふと、横断歩道の向こう側を見ると、子供が泣いていた。坊主頭の男の子だった。
たくさんの人がいたが、皆、その子供をスルーした。立ち止まったのは、僕だけだった。
何歳くらいの子供なのかわからない。たぶん小学校を上がる前だろう。保育園の年長くらい。
僕は、しゃがんで男の子の目線にあわせた。そして「どうしたの?」と訊いた。
男の子は「お母さんが、お母さんが」と何回か言った。
男の子は、整った顔をしていて、大きくてきれいな瞳をしていた。
あまりにきれいだったので、僕はその瞳に見とれていた。
男の子の瞳の中に、ちいさな水たまりができた。それが、どんどん大きくなって、水たまりがゆらゆら揺れた。
そして、キラキラした宝石のような涙が、地面にポトッと落ちた。
こんな間近で、涙が流れ落ちるのを見たのは、久しぶりのことだった。
不謹慎だが、心が吸い込まれるような美しい情景をだった。
僕は我に返って、男の子に「お母さんはどこにいるの?」と訊いた。男の子は、横断歩道の向こう側を指差した。
「あっちにいるんだね」と訊いた。男の子はうなずいた。
「自分の家はわかるの?」と訊くと、またうなずいた。
「連れてってあげようか」そう訊くと、男の子は首を横に振った。
「どうして?」と僕が言うと「お母さんを待ってる」と男の子は言った。
東京では、僕みたいな大人の男が、子供に関わっていると、誘拐だと勘違いされる。
だから、本当はみんなのようにスルーして、そのままにしておくのがよかったのかもしれなかった。
しかし、泣いてる子供をそのままにはしておけなかった。
「じゃあ、わかった。ここにいるとお母さんが来るのね」僕がそう言うと、男の子はうなずいた。
「ここは、車が危ないから、動いたらだめだよ。ひかれるからね」僕はそう言って、男の子の頭をなでた。
すこし心配だったが、僕は男の子を置いて、そこを立ち去った。
その後、男の子がひかれたというニュースはなかった。お母さんがきちんと迎えにきたのだろう。
僕はどうしてあの男の子の涙に、見とれていたんだろうか。
想像するに、あの男の子は、わがままなことをして、お母さんを怒らせ、あそこに置いていかれたのではないか。
それで、男の子はお母さんが戻ってくるのを信じて、待っていたのではないか。
お母さんは、自分のことを心配して、絶対に戻ってくるって。僕のことを置いていかないよって。
僕も母さんがすごく好きだったから、男の子の気持ちがよくわかる。
あんな顔して泣いていたことが、何回もあった。
だから、あのとき僕は、泣いている自分を見ていたのかもしれない。