ゴールデンウィーク中に、原尞さんの「愚か者死すべし」を読了
原尞さんは、作品数が少ないので、
味わって読まないと、読むものがなくなってしまいます。
彼の作品は、長編が5冊、短編が一冊、エッセイが一冊のみです。
そのうち長編を4冊読んでしまいました。
すべて探偵の沢崎シリーズです。ちなみに長編の作品をあげてみると、
そして夜は甦る 1988年 B+
私が殺した少女 1989年 A
さらば長き眠り 1995年 S
愚か者死すべし 2004年 B
それまでの明日 2018年
右のアルファベットは、僕が読んで面白かった評価値です。
「愚か者死すべし」は、今のところ一番評価が低くなってしまいました。
しかし、面白くなかったかといえば、そうでもなくて、
最後まで一気に読ませる筆力はさすがと言わざるを得ません。
この作品には、今まで出てこなかった携帯電話が出てきます。
2004年ですから、携帯電話がなければ作品は書けないでしょう。
沢崎はうまく携帯電話を使えません。
だんだん時代遅れになっていく沢崎が、ハードボイルドの運命と交差しているのかもしれません。
ハードボイルドは時代遅れなのか?
一般的に、ハードボイルドは、感情や状況に流されない非情な人物が、主人公になります。
沢崎は、まさしくそういう人物です。
僕たちは暴力に対して「恐怖」し、嘲笑に対して「怒り」ます。
他人との関わりの中で、いつも感情に流されて生きていますね。
しかし、沢崎は与えられた目的(依頼)を達成するためだけに、気持ちを集中し、感情を押し殺し、行動します。
時代遅れのハードボイルドな男です。
僕はそういう人物が、すごく好きなんですね。たとえ時代遅れと言われても。
ただ、沢崎はある瞬間にフッと感情的なところを見せるときがあります。
寡黙な男が決して見せない情の部分です。彼はやさしいのです。
今回も、そんな場面がありました。
好きなハードボイルド作家の藤原伊織さんは死んでしまったし、原りょうさんは作品が少ない。ほんと残念です。
読んでない長編は「それまでの明日」だけになってしまった。
寂しいです。