『検索バカ』(朝日新書/藤原智美)。タイトルとはじめにを読んで買いました。
WEBを検索することでものが分かったようになる感じ。外部脳化というかグーグルの全能感といか、そういうことへの批判と自分の頭で考えることの大切さをきちんと捉えようとする本だと思ったのですが……。
実際、本書の大部分は「クウキ」の話。「空気読めよ!」のクウキです。そういうもので今の日本の社会が作られているというような話です。前に読んだ『「関係の空気」「場の空気」』(講談社現代新書/冷泉彰彦)を思い出しました。内容はさっぱり覚えていませんが、その本はクウキの問題は、「日本語」の問題として書かれていたような気がします。
で、『検索バカ』ですが、そのクウキの話がおもしろくないわけではないのですが、本として腑に落ちません。タイトルとはじめにとちがいすぎるから。
著者が主張しているのは「生きることは考えること」ということ。だからWEBを検索ばかりして、考えたような気になっているのはやばいんじゃないの?という意味では、たしかに伝えたいテーマとタイトルは一致しているようですが、とにかく本の大部分はクウキの話ですから。
最後の方で、「検索でクウキを読む日常」ということで、検索とクウキをつなげようとしているのですが、なんか無理があるような気がします。
『検索によって「全体の指向」=「みんなの動向」=「クウキ」をさぐり、知らずしらずのうちにネット上にも「クウキ読みの日常」をつくろうとしてます』とありますが、うーん、検索によってかあ…。
WEBで検索する→自分の頭で考えなくなる→バカになる
…という「はじめに」で、それは納得できるのですが、なんだろう、結局本書では
世の中「クウキ読み」が跋扈している→検索がそれを後押ししている
…ということを言っているのでしょうか?
正確には、「検索」という行為は、とくにクウキとは関係ない気がするのですが。WEBがクウキを作っている部分はあるし、それがWEB内のクウキだけでなく、外に漏れだしている部分もあるでしょう。
でも、「検索」が「クウキ」をなあ……。それでバカねえ…。どこかで論理の飛躍があって、それにわたしがついていけてないのかな?
繰り返しますが、本書のクウキの話はなかなかおもしろくて、それなりに読ませる内容だっただけに、やや腑に落ちないわけです。