ひょんなことで、若い蛾の研究者と話をする機会があった。
30代半ばの気鋭の分類学者だ。
最近、蛾が気になっていた。
冬に活動する
フユシャクガは、ここ数年観察をしているし、例の
ボクトウガも気になる…。
その研究者との出会いはちょっとしたことがきっかけだったが、その名前には覚えがあった。
*
1990年1月14日。八王子で「冬芽」の観察会があった日だ。
当時、代表的な冬芽図鑑だった信濃毎日新聞社発行『冬芽でわかる落葉樹』の馬場先生が講師だった。
友人と二人で参加したのだが、顔見知りのおばさんから
「今晩、フユシャクガを見せてもらうんだけど、行かない?」と誘われたのだ。
ふゆしゃくが!?
「冬に活動する蛾がいるのよ。蛾の先生がいっしょだから勉強になるわよ」とおばさん。
蛾にはまったく興味はなかったのだが、こういう機会を逃すと二度とないと思い、
友人も誘って、そのまま冬の夜のプライベート蛾観察会に行ったのだ。
その中年の“先生”に連れられて多摩丘陵に広がる大学に敷地内の雑木林に入った。
ちゃんと覚えていないのだが、その先生は、学校の先生だったかで、昆虫の研究は趣味だったような記憶がある。
研究家というか、まぁ、いわゆるハイアマチュアの昆虫愛好家という人だったのだろう。
懐中電灯を照らしながら木々を見る。
コナラの幹に特製の蜜が塗ってあるという。
ええ!? 冬に樹液をなめるの?
フユシャクって、雌は羽がなくてね。
ええ!? 羽がないんですか!?
めくるめく蛾の世界の一端をのぞいた夜だった。
その日のフィールドノート
蜜に来る蛾
ヨコスジノコメキリガ ♂
ホシオビキリガ ♀
冬尺蛾
ウスモンフユシャク ♂ 15
いろいろ見せて貰ったんだ。あんまり覚えてなかったけど。
*
そして、彼だ。
あいさつを交わすと、蛾のことよりも先に矢継ぎ早に質問する。
お父さんも蛾の研究をしていました? 多摩丘陵に住んでました?
「ええ。それは父ですね。蛾を研究していて同じ名前なんてそうないですよ」
ええ~!! やっぱり!?
あの日、観察が終わってからお宅にお邪魔して、カレーライスをごちそうになって、
ちょっと標本を見せて戴いたり、パプアニューギニアのクモを捕獲する話を聞いたりして、
楽しいひとときを過ごした。
たしか、男の子もいっしょにいたような。
75年生まれの彼は、当時15歳。
いたような。いなかったような。いや、いたはず。
当然、彼は覚えていなかった。
あれから23年たって、在野の昆虫愛好家の息子はりっぱな蛾の分類学者になっていた!
親子二代で蛾の研究とは!
そして、こういう出会いがあるというのはほんとうに不思議だ。
自分自身、もうちょっとだけ蛾の世界に入るしかないような気がしてきた…。
日本産6000種という蛾の宇宙。
「身近な種類なら500種類で大丈夫ですよ」
彼はうれしそうに言った。