継続の法則 自助努力のススメ 公認会計士 内藤勝浩のブログ

目標、正しい理想に向かってコツコツ自助努力を継続する人を応援するブログ

新型コロナウィルスで考えたこと【22】-死ぬということ-

2020-05-14 12:56:44 | 新型コロナウィルス

私は、数年前に父を亡くしました。
身体が弱いのに、80歳代半ばまで生きてくれました。
よく頑張ってくれたと思います。
亡くなる数年前から母と私の二人で介護をしていましたが、亡くなる数日前からガクンと体力が落ちてしまいました。
最後は自分のベッドの上で、仰向けに寝るような形で倒れてしまいました。
全く予想していないことでした。
母と相談してすぐに救急車を呼びました。
救急車に運んで私も救急車に乗り込もうとした瞬間、私の頭にある言葉が浮かんできました。
「かつひろくん、ありがとう。」
耳から聞こえるでもなく、頭の中に浮かんできたのです。
私の脳が勝手に思いついた言葉かもしれません。
でも、私は、父がもう帰って来ないということを直感的に悟りました。
私は、人間の肉体には、霊という部分があり、死ぬということは肉体から霊が出ていき、この世からあの世に行くことだという考え方を信じていましたので、父の霊が肉体から出てあの世に行くことと悟ったのではないかと感じたのです。
もう一つ不思議なことがありました。
亡くなる数か月前から、父が、祖母(父の実母)が居るといいだしたのです。
夕食の時、「ばあちゃんはどこに座るんか」というのです。
母が、「ばあちゃんはもう亡くなったんよ。居ないんよ。」というと、
「今、そこに居ったぞ。」とか、「ああ、そうか。」とか。
このような状況が何回かあったのです。
亡くなった後に、NHKテレビで放送されていたのですが、人が亡くなる前に、親しかった故人が現れるということがあるそうです。
母と私でそのテレビを見ながら、「祖母が迎えに来てくれたんかもしれんね。」と話をしたのです。
父の生前から親族を亡くした知人の方等から、「生きているうちに、もっと〇〇してあげれば良かった。」という後悔の言葉を聞いていました。
母と私は、父が死ぬまでの期間、自宅で介護し、自宅で死を迎えることができました。
その間、喧嘩もしましたし、やさしくもしました。
それでも、後悔の念が全くないということはありません。
今、新型コロナウィルスの感染が流行しています。
大切な方が突然亡くなられることもあると思います。
このようなときだからこそ、大切な人に、何かをしてあげてはどうでしょうか。
すべての人が、死ぬ時期が分かるとは限りません。
突然、予想しない状況で亡くなってしまうこともあります。
そうであればこそ、このような時期だからこそ、大切な人が、居てくれることを意識して、何かできることをしてあげてはどうかと思います。
居るとうるさい、でも、居なくなると寂しい。
そういうものです。

自分の目標に向かって、正しい方向で努力を継続している皆さん、未来はあなたがたの手の中にあります。
今日も一日できる努力を継続してください。
この苦境は必ず終わります。
「希望」を見失わず、自分の知識、経験を総動員して、他人の力、知識を借りて、乗り切ってください。
がんばれ!
皆さんに、神さま、仏さまのご加護がありますように。
58歳のオッサン公認会計士でした。
では、また。