「今日の議題は、『台湾は独立国家である』です。」
「表題と議題がちょっと違うなぁ。」
「まぁ、そのへんは、大目に見てください。
中国、台湾の主張は、次のようなものです。
中国共産党の主張は、『一貫して台湾は中国固有の領土であり、一地方である』です。
台湾の主張は、『中国は一つであり、それは中華民国であるが、今のところ中華民国は、一時的に台湾に政府を移転している状態である』です。」
「ほう、意見が対立しとんなぁ。」
「台湾の歴史を簡単に説明します。
台湾には、紀元前から、マレー・ポリネシア系の民族の人が住んでいた。漢民族ではない。
1624年、オランダが、台湾の一部を占領して、統治した。
当時の中国は明王朝で、『台湾は自国の領土ではない』宣言していた。
明は、清に攻められ、明の鄭成功が台湾に逃れて、台湾を占拠した。
1683年頃、清が、台湾を攻めて、鄭成功明王朝を武力で制圧した。
清は、当初、台湾を、化外の地(けがいのち)(統治の及ばない未開の地)として軽視し、台湾に渡ることを禁止していた。
清は、大陸から台湾に妻子を呼ぶことも、漢民族を移民させることも禁止していた。(渡航禁止令)
その理由は、台湾には、清に逆らう人が多かったので、その勢力が膨大になることを嫌がった。
つまり、清の統治が、台湾全島に及んでいたわけではない。
1871年、宮古島の人が、台湾に漂着し、台湾で殺害される事件が起きた。
この時、清は、『化外の地だから、我々に責任はない』と言った。
日本は、自力で損害賠償を得るために、台湾征伐をした。
清は、前言を翻し、台湾に軍を送ったが、日本に敗れた。
1894年、朝鮮半島の支配権をめぐって、日清戦争が勃発した。
日本が勝利し、下関条約が結ばれ、台湾が、清から割譲され、日本の支配下に入った。
ここから、日本の統治が始まった。
新渡戸稲造、後藤新平、児玉源太郎等の方々が、台湾を統治し、実りあるものとなった。
その後、第二次世界大戦が起き、日本が敗れた。
中国から、蒋介石の国民党(中華民国)が台湾に来た。
1949年 国民党は、毛沢東の共産党軍に敗北し、蒋介石は、台湾に逃れ、中華民国の首都を台北に移した。
1949年 毛沢東は、中国で、中華人民共和国を建国する。
以上のように、中華人民共和国は、1949年に建国されているので、台湾を統治したことがなく、中華民国は、1912年に存在していた。
このようなことです。」
「はぁーっ。中国は、台湾の独立を許さないと言っているが、そもそも、統治したことがないやんね。
これ、あんたが調べたん?」
「いえ、ユーチューブ動画を参考にしました。」
「また、パクリかえ?
そのユーチューブ動画を紹介しときよ。」
「はい。
『頼清徳総統「台湾は独立国家」台湾は中国の固有の領土ではない(江夏正敏)【言論チャンネル】』
幸福実現党の江夏正敏幹事長が解説しています。」
「そうかえ、勉強になったわぁ。
こん年齢になってん、分かってねぇことが多いな。
また、教えちょくれ。」
「動画見てくださいよ。」
「今日は、日本シリーズ見んので忙しいんや。
そのうち必ず見るけんな。」
「台湾のこと、もう少し知ってください。
お願いします。」
「わかった、わかった。
台湾は、もう独立国家で、いいんやねんな。
国と思うちょる人が多いと思うで。
少なくとも、日本よりは、独立しちょんわなぁ。」
「そうかもしれません。」
このブログを見てくれた方々に、神さま仏さまのご加護がありますように。
63歳のオッサン公認会計士でした。
では、また。
※コメント投稿者のブログIDはブログ作成者のみに通知されます