風になりたい

自作の小説とエッセイをアップしています。テーマは「個人」としてどう生きるか。純文学風の作品が好みです。

舌が痺れて感覚がマヒする本場の麻婆豆腐(連載エッセイ『ゆっくりゆうやけ』第438話)

2020年11月02日 06時30分30秒 | 連載エッセイ『ゆっくりゆうやけ』

 四川省成都へ初めて行った時、本場の麻婆豆腐を食べに行った。ガイドブックに「陳麻婆豆腐店」が発祥だと書いてあったので、街中にあるそのお店へ行き、麻婆豆腐を注文してみた。店は普通の街角のレストラン風だった。
 盛られた豆腐は赤茶色の汁にひたり、赤い唐辛子と山椒の実がたっぷりかかっている。見るからに辛そうだ。
 レンゲで掬って口に入れたとたん、口のなかがカアッと熱くなり、舌がぴりぴりと痺れる。熱くなるのはもちろん唐辛子の辛さで、痺れるのは山椒のせいだった。ふうふういながら食べているうちに、がりっと山椒の粒を噛んでしまった。舌の上がさらに痺れる。僕は思わず水を飲んだけど、そんなものでは口のなかは冷めない。ものすごい辛さだ。
 麻婆豆腐だけでは辛すぎて食べきれないと思ったので、白ご飯を頼んだ。麻婆豆腐をご飯にのせて、すこしでも辛さをごまかしながら食べようとしたけど、甘かった。もう何口か食べているうちに、舌がぼあっと膨れ上がり、口のなかは辛いのと痺れるので感覚がなくなってしまった。味もへったくれもない、ただただ口のなかがひりひりする。
 もうだめ。
 ギブアップ。
 もったいないけど、これ以上は耐えられない。結局、四分の一くらい食べただけで店から逃げ出してしまった。罰ゲームのような麻婆豆腐だった。唐辛子の辛さもさることながら、山椒があんなにしびれるものだとは思いもしなかった。日本で食べてた麻婆豆腐とはまったく別物だった。
 四川料理の特徴は「麻辣(まーらー)」だ。
「麻」は痺れるという意味。「辣」は辛いという意味。山椒と唐辛子がたっぷり入っていればいるほど地元の人はおいしく感じる。陳麻婆豆腐店ではほうほうの体で逃げ出したのだけど、不思議なもので三か月ばかり成都に滞在して麻辣料理を食べているうちに次第に辛さと痺れにも慣れてきた。「麻辣(まーらー)」の「辣(らー)」の山椒が曲者で、舌がぴりぴりする感じが恋しくなり、山椒がたっぷりかかった料理がついつい食べたくなるようになった。舌が痺れないことにはなにかが物足りないのだ。唐辛子と山椒で出汁が黒ずんだ赫(あか)さになった成都の火鍋もおいしい。
 もう何年も成都へは行っていないのだけど、成都へ行く機会があれば、もう一度本場の麻婆豆腐や麻辣火鍋を是非食べてみたい。



(2019年1月6日発表)
 この原稿は「小説家なろう」サイトで連載中のエッセイ『ゆっくりゆうやけ』において第438話として投稿しました。
 『ゆっくりゆうやけ』のアドレスは以下の通りです。もしよければ、ほかの話もご覧ください。
http://ncode.syosetu.com/n8686m/

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