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ナショナル・シアターで舞台「ザ・モーティヴ&ザ・キュー」を観る

2023-12-17 | 2023年、ロンドンの旅

■2023年6月7日■ 続き

ついにこの度の最大の目的であった、サム・メンデス演出の舞台"The Motive and the Cue"を見に行くために、
サウスバンクにあるナショナル・シアター(以下NT)に向かいます!

ああ、懐かしのNT!
留学中は開演するまでの間、このホワイエで勉強したり読書したりして過ごしていました。
今回もその雰囲気に浸るために早めに到着して、ホワイエでスマホに入れてある戯曲を復習します。

正面入口のモニターには"The Motive and the Cue”のポスター画像が表示されています。
劇場の前にはアイスクリーム売りのバンが止まっていたけど、営業はまだしてなかった。

 

さて、"The Motive and the Cue”について。
この舞台は1964年にジョン・ギールグッド演出、リチャード・バートン主演でブロードウェイで上演された
シェイクスピア劇「ハムレット」のリハーサルの様子を描いています。

この1964年の「ハムレット」ブロードウェイ公演は興行的に大ヒットし、
ギールグッド自身がタイトルロールを演じていたハムレットの公演記録を塗り替え、17週間も上演されましたが、
実はその舞台裏では、ギールグッドとバートンの確執があったという、
緊張感あふれるリハーサルについての出演者の証言が残っており、
舞台「ハリー・ポッターと呪いの子」などで知られる劇作家のジャック・ソーン
その証言をもとに"The Motive and the Cue”の戯曲を完成させました。

今回の舞台の元になった書籍の一つ、書簡集「Letters from an Actor」の中で、
「ハムレット」のギルデンスターンを演じたウィリアム・レッドフィールドは、ギールグッドとバートンの関係を
「二人の男の間には芸術的な不一致、美的感覚の不和がある。それは信念と技術の本質的な違いである」
と表現しています。

↑ジョン・ギールグッド卿越しに見る、ローレンス・オリヴィエ像。

大女優エレン・テリーを大伯母に持ち、ヴァイオリンのような美しい声を持つことで知られ、
世界最高峰のハムレットとも称されてきた英国の名優ギールグッドは
まだ同性愛が違法だった1954年に逮捕され、キャリアに傷がつくようなことはなかったものの、
ライバルであるローレンス・オリヴィエとは対照的に1960年代にはスター性を失っており、
久しぶりの大きな仕事として、このハムレットの演出の仕事を引き受けます。

このギールグッドを、私が敬愛するマーク・ゲイティスが演じます。

一方のリチャード・バートンを演じるのは、シンガーソングライターでもあるジョニー・フリン
マーティン・マクドナー「ハングメン」にも出演していた多彩な役者です。
マークも出演している映画「オペレーション・ミンスミート」では007の生みの親イアン・フレミングを演じています。

バートンの芝居はギールグッドと異なり、自然体でエキセントリック
当時大スターエリザベス・テイラー(演じるのはタペンス・ミドルトン)と結婚したばかりのバートンは
私生活でも世界から注目を集めていましたが、
自分の実力を試すために、ハネムーンを返上してハムレットへの出演と尊敬するギールグッドの演出を熱望。
その望みは実現しますが、ウェールズポート・タルボット出身で
幼い頃に暴力的な炭鉱夫の父親に捨てられ、姉に育てられた後、教師の養子となった生い立ちを持つバートンは
品位と伝統を重んじるギールグッドと対立し、自分自身のハムレット像を生み出すために葛藤します。

私自身は、舞台でも映像でもハムレットを何度か見ています。
生で見たもので印象的なところを挙げると、バービカンのベネディクト・カンバーバッチや、日本だとシアターコクーンの藤原竜也
なんだかんだ言って、シェイクスピア劇の中ではやはり一番見ているかもしれない。
しかし、バートン版のハムレットは大ヒットしたにも関わらず不勉強で知らなかったので、
リハーサルの服装のままで役者が舞台に出る、という今と通じるようなコンセプトを面白いと思いました。

Hamlet - Richard Burton - John Gielgud - Broadway production - Shakespeare - 1964 - HD Restored - 4K

マーク・ゲイティスのファンとしては、ハムレットを演出する偉大な名優に扮するというだけでも大興奮でした。

第一幕の最後、酒を飲んでリハーサル室に現れたバートンに侮辱されたギールグッドが
出演者やスタッフを全員リハーサル室から追い出し、
ひとりきりになった部屋で、第三幕 第二場でハムレットが劇団の役者たちに演技指導をする
”Speak the speech, I pray you” のセリフを静かに誦じるシーンがあるのですが、
ここはあちこちの劇評でも高く評価されている美しいシーンの一つでした。

正直、マークがハムレットを演じることなんてないと思っていたので、
劇中で、別の役者を演じながらではあっても、ハムレットのセリフを言うマークが見られるなんて本当に喜びの極み!
演出している時も、バートンと一緒にセリフを呟いている様子が見られて嬉しかったです。

特に好きなシーンは第二幕の始まり。
ホテルでのエリザベス・テイラーとの朝食のシーン
若い頃からショービス界で活躍していたテイラーと、英国演劇界のサラブレッドなギールグッドの、
2人だけが共有できる洗練されたユーモアが楽しめる場面。

そして、ギールグッドはテイラーから2人とは育ちも感性も異なるバートンの気質についてヒントを得ます。

(個人的に、この頃は坂本龍一が亡くなったことが記憶に新しかったので、
 戯曲を読みながら、教授の、編集者である父親一亀との衝突や細野晴臣との80年代の確執のことを考えたりしてました。
 細野さんは、父親に対するコンプレックスが、年上の男性に対して反抗的な態度を取らせるのではないか、と分析してたのです)

そしてギールグッドは、虚しさを埋めるためにホテルに男娼を呼びます。
特に一緒に寝ることも求めないギールグッドに彼の為人を知った男娼はハグを提案しますが、頑なに断るギールグッド。
ちょっと抱き合っただけで、背中をポンポン叩き満足したフリをして「とても良かった」と離れようとします。
しかし、そのまま男娼の腕に抱かれるギールグッドは、次第に気持ちが緩み、泣き始めるのです。
「申し訳ない。なんてことだ。我慢できない。
 生まれつき膀胱が目の近くにあるんだ。瞬きすると流れてくる」

役者たちの演技を正す場面でも決して声を荒げず、あくまで肯定的な言い回しで演技指導するギールグッド。
最後には感情的に反抗するバートンと一対一で真正面から話し合い、ハムレット俳優としてのバトンをバートンに渡します。(洒落ではない…)
そのバートンがついに初日の舞台へと向かっていく姿は、
かつて見たサム・メンデス版「キャバレー」の幕引きのように衝撃的で美しく、目に焼き付いて離れない瞬間でした。

演出という点では、ゴルトベルク変奏曲ノエル・カワードの歌が流れ
ハムレットのセリフの引用と稽古何日目なのかが黒いスクリーンに映し出される場面切り替えが印象的。

Noël Coward - Why Must The Show Go On?

装置が上下して稽古場やホテル、ギールグッドのオフィスへと切り替わる舞台機構も面白かった。
実はこの上演中にThe Motive And The Cueをフューチャーした劇場ツアーがあったのですが、
私の滞在中はちょうど日程が合わず参加出来ませんでした。
その代わり、通常の劇場ツアーには参加したので、また後日記事に出来たらと思っています。

"The Motive and the Cue”は、2023年4月20日〜7月15日までNTで上演され、
その後、ウエストエンドのノエル・カワード劇場にもトランスファーされ、2023年12月9日から2024年3月23日まで上演されました。
この日は昼夜の2回公演の日。
ちょうどマチネ上演中に戯曲を復習していたのですが、劇場出入口に撮影が入るとお知らせが出ていました!

と、いうことは!いつかはNT Liveで映画館上映が行われるはず!
サム・メンデス作品だし、ニーズは高いと思うので可能性大!

(2024年6月追記)

その後、日本のNT Liveでも上映が決定しました。

 

the motive and the cue | ntlivejapan |モーティヴ&キュー| マーク・ゲイティス| NTLive |ジョン・ギールグッド|ジョニー・フリン|エリザベス・テーラー|リチャード・バートン|サム・メンデス|ジャック・ソーン

NTLiveが贈る『ザ・モーティヴ&ザ・キュー』サム・メンデス(『リーマン・トリロジー』)が演出し、脚本家ジャック・ソーンが脚本を手がけ、『るつぼ』のエス・デブリンが...

ntlivejapan

 

 

NTの中のブックショップではThe Motive and the Cue関連…つまりハムレット関連のグッズもフューチャーされています。
ここでフィジカルな戯曲をいくつかとNTグッズ(キーホルダーやオイスターカードケースなど)を購入。

友人に渡す分のプログラムもまとめて買い、
腹ごしらえに劇場のデリで1人分のメニューはないのか訊いたらピザトーストを勧められ購入。
でも全然1人前の大きさじゃなかった…
頑張って2つ食べて、残りのうちの一つはナプキンに包んでホテルに持って帰りました。

ちなみに今回の出待ちは、あまり体調もすぐれなかったので、サクッと帰るつもりでいました。

いつものように緊張してモジモジダラダラ喋ることを禁じ、スマートな出待ち!をモットーに、
お馴染みのステージドア前で待っていると、割とすぐにマークが出てきました。
(その日マークを待っていたのは、私を含めて2人だけ。)
来客や出演者と話し、連れの人たちと出てきたところで近づいて、
プログラムにサインをお願いし、お土産を渡し、セルフィーを頼む私。

その間「今日の公演、素晴らしかったです」くらいしか言わず、とにかくシンプルな会話に徹した私に、
最後にマークが満面の笑顔を向けながらかけてくれた「ありがとう!」の一言と、
ギュッと腕に添えてくれた手の温もりがいつも通りで、じわーっと感激しながら、風のようにその場を去りました。

スマートに、と言いながら、後から思い出すと、あれを言えば良かった、これを言えば良かったと、結局色々後悔しています。
でもセルフィーの写真はとても優しい表情で写ってくれてるし、
多くは語らなくても、まあ、見たことある子だなくらいには思ってくれているだろうと期待し、大切な思い出の一つに加わえました。
(舞台はもう一回見たんですけどね)

旅行記は続きます

 

■ナショナル・シアター・ライヴ上演時の感想記事■

 

ナショナル・シアター・ライヴ「ザ・モーティヴ&ザ・キュー」 - だから、ここに来た!

7月5日(金)からナショナル・シアター・ライブの作品として、映画館上映が始まった舞台「ザ・モーティヴ&ザ・キュー」(以下、TMaTC)。初日やトークイベントを含め、合計3...

goo blog

 

 

■参考記事■

 

Heavenly powers or something rotten? When Richard Burton played Hamlet

It was a box-office hit directed by John Gielgud and created turmoil on stage and off. Now, the 1964 Broadway staging has inspired The Motive and the Cue, a new ...

the Guardian

 

 

 

What Makes a Great Performance? Backstage Drama, That’s What. (Published 2023)

“The Motive and the Cue,” a new play in London, imagines fraught behind-the-scenes maneuvering by John Gielgud, Richard Burton and Elizabeth Taylor during rehear...

 

 


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