野坂屋旅館

自然の豊かな小さな町で、不知火海で獲れた天然の美味しいお魚をメインに、四季折々のお料理をお客様にお出しします。

肥薩おれんじ鉄道佐敷駅

2022-02-21 06:09:50 | Weblog

肥薩おれんじ鉄度の佐敷駅です。

元々JR九州鹿児島本線佐敷駅でした。

九州新幹線が開通したら赤字路線という事で、切り捨てられ第3セクターとして地方自治体も出資しながら地元の足として運営されています。

JR九州の鹿児島本線の時は、特急が1日数本停車する駅でした。

なぜならば、地域振興局が佐敷に在ったからです。

県庁での会議などに行かれる方などのために停車していたものと推察されます。

江戸時代、葦北郡は元々現在の八代市日奈久町から水俣の県境までが葦北郡でした。

その中で熊本の準町として特区になっていたのは、佐敷町でしたので、葦北郡の重要な役所は全て佐敷町に在りました。

唯一警察署だけが湯浦町に在りました。

なぜならば、佐敷の町には商家の方々が自分達でお金を出し合って形成されていた自警団が江戸時代から存在していたからです。

熊本県警が葦北郡に警察所を設置する際に、佐敷の方々が佐敷には自警団が在るので、湯浦町にといういきさつがあります。

また、チッソも江戸時代には佐敷に工場を造ろうとした時に、佐敷の町の重鎮たちが佐敷には要らないとして水俣に工場が出来たそうです。

水俣は江戸時代までは水俣村だった所が、チッソにより栄え、チッソにより病気が発生し、それでも今でもチッソにより成り立っている所だと思います。

そんな経緯があり、肥薩おれんじ鉄道佐敷駅は特急や急行が停車する駅でした。

私は中学から佐敷を出て熊本の寮のある中学、高校へと進学しました。

休みの日に帰省する時は必ず、佐敷駅に帰り、熊本へ行く時も、佐敷駅から乗って行っていたので、48年前の事ですが今でも覚えています。

もちろん駅も中は改修されたり、当時は階段はなく線路を横切って向こうのホームへ行っていました。

そんな懐かしい思いも含めて撮影しました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

線路のつながりを変える「ポイント」だと思われます。

間違っていたならすみません。

 

 

コメント (4)
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