おねっと日記

日々の出来事を感じたままにつづります

人生節目の年~新たなスタート

2018年01月26日 | 暮らし

新しい年をむかえて初めての投稿になります。
我が家にとって、(私たち夫婦にとって)大きな節目の年になりました。
およそ20年間わんこと共に暮らした生活にピリオドを打つことになったからです。

1999年、黒ラブベティがわが家にやってきたのを最初に、その後3年後にマリィが生まれ、その2年後にMダックスのぽんたが家族になりました。それぞれのわんこたちはやはり人生の大切な節目に大きな役割を果たしてくれました。
ベティは私が母を亡くしたとき優しくそばで心を癒してくれました。
マリィは動けなくなった父が同居してからは父の大切な話相手になりました。
そして、ぽんたは私たち夫婦がふたりっきりになったこの家にやんちゃな声を響かせてくれました。
平成30年という節目に最後まで甘えんぼさんのぽんたも1月24日朝、ついに虹の橋を渡って行きました。

娘たちもみんなそれぞれの家庭を持ち、かわいい子供たちを授かり、この20年を振り返りながらも、ここからが私たち夫婦ふたりの新たな人生をかみしめる始まりとなるのです。
誰かのために生きていた今までを自分のために生きる時間にしよう。
もちろん人は誰かのために生きることで存在を感じるものだと思います。
だから自分自身に目を向けることはとても不慣れなのですが、これからはそれも大切なことだと感じます。
20年間のわんこ対応の暮らし方を一変に変えることはなかなか難しいものです。
靴をかじられないように高いところに置いたり、外に飛び出さないようにフェンスの鍵を確かめたり、部屋のドアを確認したり、そんな必要はもうないのに今だに体が自然に動きます。
外から帰ると玄関先のドアに顔を押しあてて私の帰りを待っているような気がして大きな声でただいまと叫びながら入るのですが、やはり今は何も飛び出してくる気配はない寂しさに心が締め付けられます。

ここからが新しい人生の始まりなんだと。
わんこたちがいるので、夫婦で旅行なんてしたことないし、(いつも留守番はおっと)
出かけてもわんこのごはんを気にして帰宅するのが当たり前だったし、
そんな当たり前がなくなったら、糸の切れた風船状態でふわふわゆらゆら心が宙を漂ってますが、

ここからが新しい人生の始まりなんだと。
これからの私たち夫婦の生きがいはますます孫ちゃんたちになるでしょう。
スイスのまごちゃんにも行こう、埼玉のまごちゃんにも行こう、何日も泊まりながら旅行しよう、
近くに住むまごちゃんには強制お泊りさせちゃおう。
気に入った国や土地がみつかったら、そこで永住もいいね、
体が元気なうちにいろんなことをしてみようねとぽんたがいなくなった悲しみを握りしめながら
私たちはしみじみ未来を語り続けるのでした。

じいさま、ばあさま、べてぃ、まりぃ、ぽんたがあちらの世界で楽しく幸せに暮らしているのを信じて。

そして

心から

ありがとう、わんこたち。

そして迷い込んで住み着いてるカメ吉よ、そんなにしゃーしゃー怒らないでたまには私の相手をしておくれ。

 


できることからこつこつと

2017年10月02日 | 暮らし

埼玉県ふじみ野市にある「78nanahachi」という体験型農業を提供しているところを訪問しました。
主宰者の横山頼子さんとお話をすることができて、なんかとても嬉しい1日でした。
納屋をリノベーションして、集いの場として提供したり、畑を開放して子供達も楽しんだり、
まさに私がやりたい将来の姿があります。残念なことに私は農地も納屋もありません。
無い中でなにができるかを探っていかなければなりません。でも、きっとうまい方法はあるはず!

 

 

横山さんとお話をしながら、私たちが今未来のために行動していることや、残したいことへの思いがとても共通していることを感じ
とても嬉しくなりました。

 

若いパパママが集い、羽釜で炊いたご飯を塩おにぎりにして持ち寄った一品で青空の下、和やかに過ごす健康な時間。
すてきだなあ、はやく地元に帰って行動を起こしたい、と強く思いました。
帰ったら、みんなで植えた稲刈りも待ってます。
レトルトにするかぼちゃも待ってます。パウダーにするエゴマ葉も待ってます。お豆さんたちも畑で待ってます。
嬉しい収穫の季節ですね。そうだ、みんなで収穫祭をしなくっちゃね。 

未来のためにできることからこつこつと。


そして私はスイスに居ります

2016年07月10日 | 暮らし

気がつくと、しばらくブロク更新をお休みしておりました。
あまりにもいろんな事が立て続けに起きておりまして、あっというまの7月です。

今、私はスイスイベルドンレバンという小さな町におります。
観光客でもなく、永住目的でもなく、ビジネスでもありません。
娘の出産のお手伝いばあちゃんという、どこにでもあるシーンでやってきましたが、やってきたところはちょっと遠かったかもしれません。

マイナス7時間の時差は身体がそれを受け入れるまでに約1週間もかかりました。
私が「ヨーロッパ10日間の旅」とかいうツアーに申し込んだら時差ボケで苦しみながらそのまま帰国したに違いありません(笑)

海外へ出たのは、15年前、母が旅立ったあと、残された父をねぎらうためにグアム旅行に家族で行ったのが最後です。
今回はその父が5月に母のもとへ旅立ってしまいましたが、その父が長年私がスイスの娘家族に会いに行くのを心から望んでいたのもあり実現に至りました。

父が元気な時にスイス渡航を決め、日程も決まっていたのですが、要介護5の認定を受けたばかりの父の旅たちは葬儀や四十九日やいろんなことが渡航前に済ませるような段取りを父がしたかのような時間が流れ、なんともあっけなく母のもとへ旅たってしまったのです。
まるで、「おれの人生はおれが決める」みたいなあまりにもいさぎよい終わり方です。

とにかく、二人目の出産を控えた長女は不安山盛りで臨月のお腹をかかえながら私の到着を今か今かと待ちわびておりました。
予定日はあと4日後、どうなるんでしょうね。
一人目の出産はなんとか夫婦で乗り越えました。でも二人目となるとまだちっちゃいお兄ちゃん候補の面倒を見る人手が必要、
そこで、助っ人ばあちゃんの登場であります!

そのすけっとばあちゃんはフランス語はもちろん英語もろくに話せません。
言葉の通じないところで、1ヶ月を過ごすというサバイバル生活に突入中です(笑)
日本人の欠点をしっかり保有している昭和戦後生まれの外人コンプレックスの塊りの田舎のばっちゃん。
さてさて、ここからしばらくまったりとした時間の流れに戸惑いながらも順応しつつある自分にちょっと嬉しいような、帰国後が怖いような。
そんな日々がしばらく続く初大陸上陸のばあちゃんでございます。


大家族の食卓から学ぶもの

2016年01月11日 | 暮らし

今は父と主人と私と老犬の3人と1匹の静かな家族の食卓ですが、以前は我が家も大家族でした。

最初は主人の両親や義弟夫婦も交え、最大10人家族の時代を10年過ごしました。
次に私の両親と同居し、7人家族で6年過ごし、その後自分たちの家を手にして5人と3匹の犬で10数年。
娘たちは次々に嫁ぎ、犬2匹も旅立ち、今の暮らしになりました。

思えば、子育ての真っ最中におじいちゃんおばあちゃんと一緒に暮らせたことはとても幸いな出来事でした。
共働きの私たちにとって、どれだけお互いの両親の存在が大きかったか計り知れません。
食事作法も自然と普段の生活の中で祖父母から学びました。
お箸の持ち方、残さず食べる、肘をついて食べない、きちんと正座して(座卓での食事でしたから)最後まで立たないでいただく。
そんな当たり前の事だけど、その当たり前の事って急には身につかないものです。
もし、我が家が核家族だったら、おそらく、それらの食事作法は飛ばして、とにかく早く食べさせ、とにかく早く片付けることしか頭になかったでしょう。
そして、家族が揃って食べる時間がどれだけ大切なコミュニケーションの場であるか、なんて考える余裕もなかったと思います。
そして、もっと大きな経験は、幅の広い年齢層が集結している食卓で学ぶ人間関係。
祖父母を慕い、お年寄りを敬う気持ち、集団生活の中での自分のあり方。
それは彼女らが社会人になったときにより発揮されてきたように思います。



そんな食卓風景を残したい。
私はその思いを形にしたいという思いがつのり、こうして食に関わる事業へと発展していったのでした。

「昔日本の食卓」風景をこれからも残し続けてもらいたいと思うのです。
 
 


マイ畑

2015年07月06日 | 暮らし

今のところ今年の小さなマイ畑は順調です。
 いたすら、じい様とまごちゃんのために始めた野菜作り。
毎日毎日この小さな3畝の畑が私の生きがいみたいになっています。 

 

野菜を育てるのは、人を育てるのと一緒かもしれません。
栄養をやりすぎても、水をやりすぎてもいけない。ほどほど、がとても大切。
だけど、そのほどほどが結構難しいものです。 

 

それで、毎日、眺めては声をかけ、褒めて、愛おしみ、まわりの雑草を除いてあげます。
やっぱり、人を育てるのと一緒です。 

夏休み、まごちゃんが来たとき、沢山収穫できるようになっていたら嬉しいな。


なぜにこの木が

2015年06月06日 | 暮らし

この木、何の木、気になる木、 で10年以上経ちまして、やっと調べに調べて、判明しました。
セッコウガキ  浙江柿  「神の食べ物」という意味もあるらしいのですが、なぜにこの庭にこの木があるのでしょう。

これは種からここまでになりました。最初は何かの花苗かと思い放っておいたら、少しずつ木らしくなってきて、
でも、丈の低いものだろうと思って放っておいたら、ぐんぐんのびて、すっかり木になってしまいました。
大きな花が咲くわけでもなく、でも、今年は今までにないくらい、小さな緑に赤いふちどりの花がぴっしり咲いたので
いよいよ、この木の名前が気になり始めたわけです。
やっと、みつけた! ということで、中国が原産で、しかも標高600mから1300mに自生するとありますが、
我が家の標高調べたら、100m ではありませぬか!

思い当たることは、野鳥がうちの庭にぽたりとフンを落として飛んでいき、その中にこの種が混じっていた。
としか、考えられません。

いずれ、このセッコウガキさんは、日当たりの良すぎる庭に日陰を作り、雀がおやつをおねだりに来るときに格好の止まり木になっているわけです。
素性が明らかになったので、これからはもっと可愛がってあげたいと思います。 


またひとつ歳を重ね

2015年04月19日 | 暮らし

4月15日 またひとつ歳を重ねました。
同じ誕生日の仲間が偶然3人集まり、ささやかにランチでお祝いは体にやさしいマクロビレストラン。
さてさて気持ちはいつも青春だけど、身体はしっかり高期高齢者にまっしぐらに向かってます。 
が、いつも自分より若い人たちの間にまざっていられるのは、 ありがたい環境です。

想いのイベントあれこれで、誕生日をかみしめる間もないままに日々はさっさと進んで行きます。
のんびりと残りの時を過ごす生き方もあるかもしれない。
そんな中、私の選択は真逆の生き方。
これでいいのかしら?とふと立ち止まってみたりもするけど、もう、これ以外の生き方は見つけられません。

父もだんだん動きが大変になって来て、わんこたちもあちこちに老犬の症状が出てきたけど、
まごちゃんたちは順調に成長しています。
今置かれた、自分の環境に感謝し、これからも「生きる」をかみしめていきたいと思います。

気がつけば、staffくんとふたりっこでがんばったイベント。
もちろん、多くの方の応援ご支援があってこそ成し得たイベントですが準備手配段取りはふたりっこで頑張りました。
達成感はいうまでもありません。
そんなイベントがこちら。
 http://hakkurufair-morioka.jimdo.com/

 


立春ということで気持ちあらたに

2015年02月04日 | 暮らし

立春。春の初め。

別れ別れに暮らしている家族たちも、年末年始は一同に集まることができた奇跡の年明けからはやひと月も過ぎ、
普段の生活は さらに忙しく走って行く毎日。

孫ちゃんたちもすくすく成長中。父も平穏な日々を過ごしてます。
これからはエネルギーがふつふつとわき出してくる季節。
家族で豆まきをして、無病息災を祈ります。福はうち、福はうち。