田舎住まい

吸血鬼テーマーの怪奇伝記小説を書いています。

鹿沼のマロニエ並木

2008-03-17 12:31:35 | Weblog
3月17日 月曜日
鹿沼のマロニエ並木 (随筆)
 妻の母校、鹿沼高校前の通りに栃の木が植えられたのは、いつの頃であったろうか。いまでは晩春のやわらかな日ざしをあびて円錐花序の白い花を咲かせる並木となった。
 わたしは肥満体におおきなリックを背負っている。買物をつめこんで、かなりのおもさになった。妻は日傘をさしている。
 こうしてマロニエの並木を二人して散策していると異郷で生活しているような錯綜した心のときめきを覚える。生涯出不精。旅などしたこともないが、パリにだけはいきたかったというのが偽らざる感懐だ。
 日傘をくるくるまわすような若やいだ動きはしないが、わたしにとって妻の姿は夢二の絵のように大正ロマンをかきたてる。
「今年は暦どおりに咲いたわね」
 小柄な妻がわたしを見あげ、その頭上の白い花々に視線を遊ばせている。マロニエの花が、といわないのは妻の気くばりだ。パリにだけはいきたかった。わたしのそうした悔恨をかきたてないための配慮だ。夫婦も四十年もおなじ空間で生活をしていると、相手のかんがえていることがわかってしまう。わたしはセーヌ河畔を妻と歩いているつもりになっていた。セーヌ河畔にマロニエの街路樹があるかどうかはしらない。白い花房の群れはまさに花盛りだ。濃い桃色や黄色がまざって風の動きにみえがくれしている。全体としては白い花霞みだが、風のながれや見る角度によって花の色が変化して美しい。
「去年は狂い咲きがあった。秋にもういちど栃の花がみられた」
「栃の花を二度もたのしむことができて、2年ぶん生きたここちがしたわ」
「今年はああした陽気にはならないだろう」
「またあるといい。毎年二度咲きしてくれればいいのに。人生をこれから倍も生きたことになるわ」
 日常の中で、心の生活の密度を濃くしようというのが、わたしと妻のねがいだ。いつの日かこうしてつれだって歩くということはできなくなるだろう。すこしでも、この時間をひきのばしたいという気持ちがふたりにはある。
 日傘をさした妻の姿がわたしは好きだ。夢二の女たちの世界だ。すんなりとしたうなじから背にかけて、木漏れ日が揺れている。木陰がつづくので、日傘をたたんだのだ。
(お葉さん、そこのけそこのけうちの美智子さんがとおる)
 人にきかれないように、ざれ歌のように小声で唇にのせ、妻とつれだってあるく。不運つづきの身にとって、唯一の安堵と心の高揚をともなう時である。……いつまでつづくだろうか。
 両親の看護のため故郷鹿沼にもどった。妻と出会わなかったら……。初デートで街をぶらついた。あれからふたりして、どれほどの距離をこの鹿沼であるいたことだろう。由あって文学浪人。などと、粋がっていたのは、四十歳までだった。売れたり売れなかったり。コンスタントに書き続ける筆力もない。非才の身にとっては、両親の死後、おもいきって東京にもどることもできなかつた。そして、今では病んでいた父母の歳にわたしがなってしまった。無常迅速。年月のながれが急に速くなった感じがする。妻が病んでいるとわかったのは、去年の返り咲きの栃の花をみた季節だった。病に倒れる不安をかかえた妻はいっそう美しくかがやきだした。まさにもどり咲き、若やいだ感じだ。
 マロニエの並木が尽きた。妻が日傘をひろげた。わたしは絵描きでないことを悔いていた。
「もうそろそろ栃の花も散りはじめるころね」
 校庭からは、高校生の歓声がきこえてくる。
 華やいだ声が春の空にひびく。
 マロニエ。パリ。青春。昔の春。小説。マロニエの並木。

                      平成12年 全作家50号より転載。