あたし青山の秋が好き、あなたは……
1
地下鉄早稲田の階段をのぼりつめる。
秋風の吹く街に出た。風には冷気がかんじられた。
高田馬場へ向かう道路が急な坂になる。そして、屈折する。
神楽坂方面から吹いてきた風は行き場を失う。
一息まどろんでから、行き場のない風が、街に向かって開いた昇降口に吹き込んでくる。
その風を押し返すように、わたしは街にでたのだった。
構内からずっと、速足で来たので、息切れがしていた。
茅場町で乗り換えるとき、最後尾に乗った。
早稲田でプラットホームを歩く距離を縮めるためである。そんなことに、心をくだくようになった。
……年のことを考えて、焦りら悔恨に苛まれた。
深呼吸をして息を整えた。約束の時間には少し遅れていた。
単身残留している鹿沼から、電車をなんども乗り継いだ。
息子の憲一の学校祭のパレードを見るために上京してきたのだった。
鼓笛隊の吹き鳴らす『上を向いて歩こう』が風に乗ってかすかに聞こえてきた。
街を行きかう乗用車や宣伝カーの。
せいいっぱいがなりたてる音量の洪水の中に。
希望に満ちた明るいメロディが混流していた。
わたしは『上を向いて歩こう』が、早稲田正門通りの方角から流れてくることを再確認するように。
階段の最上段から街に踏み出したところで佇んでいた。
憲一はトランペットを吹いているはずだった。
トランペットを吹くのよ、と電話で不意に妻に言われても納得できなかった。
妻の声は嬉しそうに弾んでいた。
子供は成長がはやい。絶えず変貌していく。
憲一が頬をふくらませて、金色のトランペットの吹口に唇をあてている。真剣な顔が目前に浮かんだ。
電柱の脇の鶴巻図書館という掲示板に珍しく赤とんぼがとまっていた。
矢印は左。すっかり都会とは縁遠くなったわたしは、矢印にしたがって歩きだそうとしていた。
微笑を浮かべながら近寄ってくる小柄な女性に気づいた。
その微笑は明らかにわたしにむけられたものであった。
周囲を見渡しても鶴巻町の方角に。
つまりわたしの歩いていく方角に向かっている歩行者は、だれもいなかった。
都会の歩道が珍しく展開した人の流れの途絶。
わたてしは一瞬、妻の美佐子が迎えにきてくれたのかと誤認した。
今日も遊びに来てくれてありがとうございます。
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……年のことを考えて、焦りら悔恨に苛まれた。
深呼吸をして息を整えた。約束の時間には少し遅れていた。
単身残留している鹿沼から、電車をなんども乗り継いだ。
息子の憲一の学校祭のパレードを見るために上京してきたのだった。
鼓笛隊の吹き鳴らす『上を向いて歩こう』が風に乗ってかすかに聞こえてきた。
街を行きかう乗用車や宣伝カーの。
せいいっぱいがなりたてる音量の洪水の中に。
希望に満ちた明るいメロディが混流していた。
わたしは『上を向いて歩こう』が、早稲田正門通りの方角から流れてくることを再確認するように。
階段の最上段から街に踏み出したところで佇んでいた。
憲一はトランペットを吹いているはずだった。
トランペットを吹くのよ、と電話で不意に妻に言われても納得できなかった。
妻の声は嬉しそうに弾んでいた。
子供は成長がはやい。絶えず変貌していく。
憲一が頬をふくらませて、金色のトランペットの吹口に唇をあてている。真剣な顔が目前に浮かんだ。
電柱の脇の鶴巻図書館という掲示板に珍しく赤とんぼがとまっていた。
矢印は左。すっかり都会とは縁遠くなったわたしは、矢印にしたがって歩きだそうとしていた。
微笑を浮かべながら近寄ってくる小柄な女性に気づいた。
その微笑は明らかにわたしにむけられたものであった。
周囲を見渡しても鶴巻町の方角に。
つまりわたしの歩いていく方角に向かっている歩行者は、だれもいなかった。
都会の歩道が珍しく展開した人の流れの途絶。
わたてしは一瞬、妻の美佐子が迎えにきてくれたのかと誤認した。
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