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「いまでも、鹿沼に住んでいるの」
現実のわたしは、何か話していたらしい。
「単身……残留ですよ」
時子が「えっ」と……説明を求めるように首をかしげた。
ああこの癖。
なにかわからないことをきいたときの癖。
説明を求めるときの癖。
なつかしかった。
「子供たちは、都会で生活させたいので……」
あの頃、麻布霞町にあったシナリオ研究所に通っていた。
時子は青山一丁目の外苑よりに稽古場のあったM劇団の研究生だった。
研究生同志は、卵と卵はある朝、外苑を散歩していて知り合ったのだった。
神宮の森を吹き抜けていく風に、時子の長い黒髪がたなびいていた。
風に色や匂いをかぎとることのできる年頃だった。
風だけではない。
樹木も芝生も古びた木製のベンチすら輝いていた。
「ぼくはこの朝の出会いのことをいつまでも忘れない」
若さから夢中で、そんなきざなことを彼女に言った。
時子はなんと応えたか。
それからのふたりは、毎朝のように、はじめて会話を交わしたベンチで会った。
華麗な会話の絨毯を織りあげようと――言葉を紡いでは糸として交差させた。
過ぎいく時を堰き止めようとしていた。
「ぼくの戯曲で、時ちゃんが主演で……」
臆面もなく、話は絢爛豪華に飛翔していくのだった。
愛などという言葉はささやかれなかった。
愛などという言葉を必要としないほど、ふたりは理解し合っていた。
すくなくとも、わたしはそう信じていた。
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現実のわたしは、何か話していたらしい。
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神宮の森を吹き抜けていく風に、時子の長い黒髪がたなびいていた。
風に色や匂いをかぎとることのできる年頃だった。
風だけではない。
樹木も芝生も古びた木製のベンチすら輝いていた。
「ぼくはこの朝の出会いのことをいつまでも忘れない」
若さから夢中で、そんなきざなことを彼女に言った。
時子はなんと応えたか。
それからのふたりは、毎朝のように、はじめて会話を交わしたベンチで会った。
華麗な会話の絨毯を織りあげようと――言葉を紡いでは糸として交差させた。
過ぎいく時を堰き止めようとしていた。
「ぼくの戯曲で、時ちゃんが主演で……」
臆面もなく、話は絢爛豪華に飛翔していくのだった。
愛などという言葉はささやかれなかった。
愛などという言葉を必要としないほど、ふたりは理解し合っていた。
すくなくとも、わたしはそう信じていた。
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