6月16日 土曜日
●Fに「くまざわ書店」が出店してからはよく散歩にでるようになった。
ひとりでは彷徨老人と間違えられると困る。
カミサンとつれだって街にでる。
Fでは理不尽な待遇をうけたことがある。
それいらい何年もきていなかった。
Fに入るのではない。
くまざわ書店にくるのだ。
と、いいきかせた。
じぶんを納得させた。
このところ、せっせと通っている。
●家から数分の距離なのもいい。
店員さんの教育もこの本屋さんは、いきとどいている。
きもちがいい。
●Fではもっと店員教育にはげんでもらいたい。
企業をうごかすのは、個人。
そのたったひとりの店員がいきとどかないと。
にどと、この店には来ない。
と客を憤らせることになる。
企業のイメージはいかに宣伝につとめてもだいなしとなる。
そして、教育はすべて言葉でなされる。
言葉一つで、あいてを不愉快にする。
傷つける。
あるい、たのしくさせる。
またこのお店にこようと、おもわせるのだ。
●それにしても、いついっても本売り場はガラ空きだ。
こんなようすでは困る。
せっかく大型書店ができたのだ。
いっぱいみんなで本を買いましょう。
市場原理で、利益が出なければ撤退されてしまいますものね。
●「夫婦生活とは、長い長い会話である」
おもいだした言葉があった。
でも出典がわからない。
例によってインターネットで検索する。
ニーチェのことばだった。
●カミサンと散歩する。
会話がはずむ。
この言葉を知ったのは二十歳くらいの時だったろうか。
独身の時におぼえたことばだが、いまは実感として理解できる。
それにしても、うろ覚えのことばでも検索で即刻、ぴたりとでてくる。
ありがたい世の中になったものだ。
すこしくらい記憶力が落ちても、ボケても、これなら大丈夫だ。
なんとか知的生活をつづけられるぞと、うれしくなる。
●日々、新しい会話をかわすためには、それなりのインプットが必要だ。
そこで、読書がかかせなくなる。
本屋さんにでかける。
買う。読む。
新鮮な話題。
新鮮な会話をつづけてきた。
●街を歩きながらかわす会話は家にとじこもっているときとは違う。
街の風景をみながらだから会話がリアルなものとなる。
外の世界との接点がなくなることは。
物書きにとっては避けなければならないことだ。
絶えず社会の現象には目をむけていること。
●悪夢に魘(うな)されて――ごめんなさい、どうしてもこの漢字がつかいたかった。
塾生にきかれて、かけなかった漢字、肝心な時に、漢字がかけないことがある。
PCにも弊害がある。
ひらがな入力で「ハル」――わたしのPCのニックネイム――を打ちだしてからは漢字をかくのが弱くなった。
とまぁ、ハルのせいにする。
ほんとうは……いくらか記憶力がおちているのだ。
それを認めたくないから、ハルちゃんのせいにする。
ゴメンな。
●追いつめられた、悪夢をみたのだ。
さくや遅くまで。
オウムの高橋容疑者の。
マンが喫茶の逮捕劇の。
ようすをテレビでみたからだ。
すぐに感情移入をしてしまうのは、悪癖だ。
でもこれがあるから、小説がかけるのだ。
ものごとは一方的に批判できないこともある。
悪癖が小説をかかせているようなわたしだ。
●夢の中で汗をかいた。
いや追いつめられた恐怖で、冷や汗をかいたのだろう。
dead end(袋小路)にわたしじしんが追いこまれているためでもある。
「クノイチ48帝都の夜に散る」がかけないでいる。
はずかしい。
いい年をして……、初恋のはなしに小説を進展させてしまつたためだ。
でも、初恋というひびきのなんとすがすがしいことか。
●カミサンはミニバラ園のパーゴラにはツルバラのアイスバークをはわせるらしい。
知ってますか、アイスパークの花言葉は、「初恋」。
●カミサンのバラ作りはわたしへのラブレターだとおもっている。
●食卓にけさもバラの花をいけてくれた。
今日も遊びに来てくれてありがとうございます。
お帰りに下のバナーを押してくださると…活力になります。
皆さんの応援でがんばっています。
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●Fに「くまざわ書店」が出店してからはよく散歩にでるようになった。
ひとりでは彷徨老人と間違えられると困る。
カミサンとつれだって街にでる。
Fでは理不尽な待遇をうけたことがある。
それいらい何年もきていなかった。
Fに入るのではない。
くまざわ書店にくるのだ。
と、いいきかせた。
じぶんを納得させた。
このところ、せっせと通っている。
●家から数分の距離なのもいい。
店員さんの教育もこの本屋さんは、いきとどいている。
きもちがいい。
●Fではもっと店員教育にはげんでもらいたい。
企業をうごかすのは、個人。
そのたったひとりの店員がいきとどかないと。
にどと、この店には来ない。
と客を憤らせることになる。
企業のイメージはいかに宣伝につとめてもだいなしとなる。
そして、教育はすべて言葉でなされる。
言葉一つで、あいてを不愉快にする。
傷つける。
あるい、たのしくさせる。
またこのお店にこようと、おもわせるのだ。
●それにしても、いついっても本売り場はガラ空きだ。
こんなようすでは困る。
せっかく大型書店ができたのだ。
いっぱいみんなで本を買いましょう。
市場原理で、利益が出なければ撤退されてしまいますものね。
●「夫婦生活とは、長い長い会話である」
おもいだした言葉があった。
でも出典がわからない。
例によってインターネットで検索する。
ニーチェのことばだった。
●カミサンと散歩する。
会話がはずむ。
この言葉を知ったのは二十歳くらいの時だったろうか。
独身の時におぼえたことばだが、いまは実感として理解できる。
それにしても、うろ覚えのことばでも検索で即刻、ぴたりとでてくる。
ありがたい世の中になったものだ。
すこしくらい記憶力が落ちても、ボケても、これなら大丈夫だ。
なんとか知的生活をつづけられるぞと、うれしくなる。
●日々、新しい会話をかわすためには、それなりのインプットが必要だ。
そこで、読書がかかせなくなる。
本屋さんにでかける。
買う。読む。
新鮮な話題。
新鮮な会話をつづけてきた。
●街を歩きながらかわす会話は家にとじこもっているときとは違う。
街の風景をみながらだから会話がリアルなものとなる。
外の世界との接点がなくなることは。
物書きにとっては避けなければならないことだ。
絶えず社会の現象には目をむけていること。
●悪夢に魘(うな)されて――ごめんなさい、どうしてもこの漢字がつかいたかった。
塾生にきかれて、かけなかった漢字、肝心な時に、漢字がかけないことがある。
PCにも弊害がある。
ひらがな入力で「ハル」――わたしのPCのニックネイム――を打ちだしてからは漢字をかくのが弱くなった。
とまぁ、ハルのせいにする。
ほんとうは……いくらか記憶力がおちているのだ。
それを認めたくないから、ハルちゃんのせいにする。
ゴメンな。
●追いつめられた、悪夢をみたのだ。
さくや遅くまで。
オウムの高橋容疑者の。
マンが喫茶の逮捕劇の。
ようすをテレビでみたからだ。
すぐに感情移入をしてしまうのは、悪癖だ。
でもこれがあるから、小説がかけるのだ。
ものごとは一方的に批判できないこともある。
悪癖が小説をかかせているようなわたしだ。
●夢の中で汗をかいた。
いや追いつめられた恐怖で、冷や汗をかいたのだろう。
dead end(袋小路)にわたしじしんが追いこまれているためでもある。
「クノイチ48帝都の夜に散る」がかけないでいる。
はずかしい。
いい年をして……、初恋のはなしに小説を進展させてしまつたためだ。
でも、初恋というひびきのなんとすがすがしいことか。
●カミサンはミニバラ園のパーゴラにはツルバラのアイスバークをはわせるらしい。
知ってますか、アイスパークの花言葉は、「初恋」。
●カミサンのバラ作りはわたしへのラブレターだとおもっている。
●食卓にけさもバラの花をいけてくれた。
今日も遊びに来てくれてありがとうございます。
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