田舎住まい

吸血鬼テーマーの怪奇伝記小説を書いています。

25 納骨堂での決着  麻屋与志夫

2012-11-02 11:11:35 | 超短編小説
25 納骨堂での決着

引田家の納骨堂の内部はじめじめしていた。
「ヤバイ煤ね」
将太がつぶやいた。
将太の声は震えている。
だから、「ヤバイ、ス、ネ」といったのに、煤ね(ススね)ときこえる。
煤といわれたと理解しても、いいだろう。
広い納骨堂は埃を溜めていた。
埃も煤もあまりかわりがない。
鼻がうずうずする。
のどがいがらっぽい。
将太はビビっている。
じぶんでは、気づかないほどビビっている。
鹿沼石でつくられた引田家の墓地の内部だ。
遺体は納棺したまま葬られる。
古風な風俗をいまだにのこしている。
豪族であった引田家にだけいまだに温存されている習俗だ。

「土なんかないのに、腐葉土のにおいがするシ」
「将太。おれには、腐った肉の、ニオイさ」
「おどかさないでくださんせ」

トウキョウで予備校に通っている。
大学受験のために浪人している将太のことばは乱れきっている。
ご当地方言がいりまじっている。

「いや。マジだ。死体の腐っていくにおいだ」
「マジで――やるスか」
「ヤルし」
と剛も将太に合わせた。
若者言葉で応えたが、30も半ば過ぎている。
ぎこちないのがわかる。

「それ太いスね」
「ああ、特製品だからな」
「極太スね」
怖さをまぎらわすためか。
将太はいつになくおしゃべりだ。
「あれかな」
いちばんアタラシそうな棺にむかう。
なにか唸るような声がする。
ふたりはギグッとたちどまる。
音は納骨堂の奥の暗闇からしている。
「もしかすると……」
「やだなあ。剛さん、おどかしっこなしスよ」
「いや、この堂の奥は引田鉱山につづいているのかもしれない」
まあたらしい棺からしているとおもった。
でも音源はさらにおくだ。
堂の奥、漆黒の闇からかすかにひびいてくる。
その音に剛がみつめる棺の蓋がひびきあっている。

「将太! あの棺だ。あそこを照らせ」
この引田から2キロほど南。
深岩山がある。
そこから産出された石だけで造られている。
土などこの納骨堂にはない。
どうしてこうも、腐った土の匂いがたちこめているのだ。
引田家の先祖代々の棺がならんでいた。
裂田剛は将太を従えて、日光杉でつくった杭をもって薄闇のなかをさらにおくにすすんだ。
闇の奥の不気味な音。
ごーつとなにか襲ってくる。
コウモリの大群だ。
やはりここは鉱山へとつながっているのだ。
鹿沼名産の焼きとりの串。
割箸。
そして焼き場で人骨を挟むのに使う特注品の太い箸。
それをさらに太くした特大の箸(いや杭だ)。
――裏山の竹林から切り出し、そうした串や箸をつくるのが剛の家の家業だった。
いま剛が手にしているものは、箸などというなまやさしいものではなかった。
杭だ。
その杭を手に握っていた。
冬なのにじっとりと汗ばむ。

「将太。伏せろ」
コウモリは群れをなしてふたりが開け放った石の扉から満月の夜にとびだっていった。

「こわい。怖いすよ」
「ビビるな。これからが戦いだ。ゲームでなく、リアルをやってみたいといったのは、おまえだぞ」

じっは、むりやり連れてきたのだが。

「でも、ヤッパー怖いすよ」
「じゃ、帰るか。ひとりで」
「山道をひとりでかえるなんて、もっと怖いすよ」
翔太が悲鳴をあげるのには数秒でたりた。
コウモリの去った後。
静寂が再び訪れるはずだった。
ギギィと棺のふたが内側からあけられた。
赤い瞳で翔太をにらむ。
将太は及び腰となる。
いや腰がぬけたのだ。

「剛さん。こわい、こわいよ」
幼児のような泣き声。
将太は棺からあらわれた吸血鬼をみすえている。
ゆびさしてあとずさる。
あまりかわいそうなので、剛は翔太を抱き起こす。
ついでに、腰をグッと手で強く圧する。

翔太は走りだした。
その行く手に女吸血鬼があらわれる。
「かわいい坊やね。おねえさんとなかよくしない」
犬歯が光っている。
「剛さん。たすけてぇ」
悲鳴を上げる。
茫然と立ち尽くす翔太。
ふり向いて叫んでいる。
「たすけて。たすけて」
「おねえさんに、血をすわせて……」
「翔太、逃げろ」
剛は女吸血鬼に体当たりをくわせた。
そのすきに怪異うずまく納骨堂から翔太は走り出た。

「いやあ、みなさんありがとう。青年団演劇部だけのことはある。翔太もあれだけおどかせば、東京に逃げ帰って……予備校通いをつづけるだろう。なにも知らないのは、少し可哀そうだが……。はい、謝礼金です」

剛の長広舌は、機嫌がいいからだ。
翔太を東京へ追い返してくれと相談を受けた。
長老からは報奨金がでていた。
ゲーム好きの翔太をあいてにヒト芝居ったのだ。
ところが偽ドラキュラ―から右手はでない。
ニタニタわらっている。
犬歯が長く伸びているだけに不気味だ。
剛は取り囲まれていた。

「なにもしらないのは剛さん。あんたよ。あんたの血がほしい」

おかしなことに気づいた。
芝居のドーランで厚化粧している。
でも、いくら薄暗いとはいえ知った顔が見当たらない。

「ふふふふ……わかったみたいね。これがわたしたちのリアルな顔よ」

女吸血鬼が剛の首筋に顔をよせてくる。
「キスなら唇だろうが」
剛は長串を彼女の頬につきたてた。
串の先端は向こう側へぬけている。
頬を串で縫い合わされた。
声もあげずにおんな吸血鬼はたおれこんだ。
あまりの激痛に声もでない。

「きさま、ハンターだったのか」
「そちらこそ、気づくのがおそかったな」

剛の杭がドラキュラ―の心臓につきたった。

 

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