田舎住まい

吸血鬼テーマーの怪奇伝記小説を書いています。

超短編 27 「これいただくわ」症候群 麻屋与志夫

2012-11-18 03:12:28 | 超短編小説
27「これいただくわ」症候群

「おい、高野、たすけてくれよ」
 
イソ弁をしているぼくの携帯にかかってきた。
携帯のデスプレイをみるまでもない。
声はマルチタレントの山田からだった。

周囲を気づかってぼくはパーティションのかげにかがんだ。
声をひくめた。
「どんなご用件です」
「なんだ。その声は。友だちだろう。もっとフランクにいこうや。たすけてくれよ」
たしかに、かれとは学友だ。
でも卒業後は同窓会で会うくらいだった。
タレントなのに内気な彼は数年前に結婚していた。
その妻ともう離婚騒動だ。
弁護をひきうけてくれ。
というのだ。
彼の妻はモデル。
野生のパンサーをおもわせる。
精悍な肉食系女子だ。
彼女のほうから口説いた。
などと週刊誌でよんだことがある。

弁護士がスーパーの店長をつとめる世の中だ。
東大の法学部が定員割れする時世だ。

「独立する、チャンスじゃないか。やってみたら」
と周りで励ましてくれた。

浪費癖が離婚のひとつの理由だった。
見たものは、ともかくすべて欲しくなる。
「これいただくわ」と衝動買い。
金銭感覚がゼロ。
おれの収入なんか、まったくかんがえないんだ。
なにかいうと、すぐに歯をむいてくってかかる。
引っかく。
おれは、顔が売りもんだ。
怖くなるよ。

弁護士が山田の学友ということで、ぼくはマスコミのインタビューをうけた。
週刊誌にも記事をかかされた。
名前が売れた。
仕事がはいってきた。
懐も潤ってきた。
裁判に勝った。


独立できた。
追い風にのった。
まさに、順風満帆。
得意の絶頂にあった。

そんなある日、山田の元妻からぼくの事務所に電話がかかってきた。
所長、電話です。
ようやく、所長と呼ばれることにもなれてきた。

いやみでも、いわれるのかとおもって覚悟していた。

デスプレイの画面で彼女がにこやかにほほえんでいる。
「どう、ランチご一緒しない」
にこやかにほほえんでいる。
でも……わたしの頭には山田の言った言葉が響いた。
「衣服や貴金属にキョウミが集中しているうちに、わかれたいのだ」
そうか。
このほほ笑みにみんなだまされるのだ。
彼女は〈肉食〉系。
言葉どおりの、行動にでたら逃げられない。

「いま、おたくの事務所のそばまできているのよ」

窓の外。
向こう側の歩道で彼女が優雅に手をふっている。
ぼくは恐怖を覚えた。
戦慄した。
「あなた、いただくわ」
といわれたら、ぼくは逃げられるだろうか。




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