田舎住まい

吸血鬼テーマーの怪奇伝記小説を書いています。

超短編31 聖痕/スティグマ―タ 麻屋与志夫

2013-02-17 05:01:48 | 超短編小説
超短編 31聖痕/スティグマータ

深夜の飲み屋街をふらつくなどということは何年振りだろう。
それも、新宿はゴールデン街だ。
このまえは、まだカミサンガ生きていていた。
ジャズ喫茶「木馬」に降りる階段でころんだ。
彼女が足をねんざしたときだったかな?
いや、もっと遡り歌声喫茶「灯」。
で。
中上たちともりあがったときだったかな?
かな? 
カナ? 
??????
かなカナかな……と疑問符がつきのモノローグが際限なく続く。
かなかな蝉じゃあるまいし。
わたしの頭も、たそがれてきているようだ。
誰かが耳元でささやきつづけている。
これはわたしの声ではない。

「木村。おまえさんも人がよすぎる。とめなければよかったのに」
中上が樋口をなぐろうとしているのを止めた。
人並み外れておおきなかれの拳骨をわたしがおさえこんだことをいっている。
カチューシャの唄をみんなでうたいおわったところだった。
わたしは家業である〈大麻商〉の話をかつてふたりのいるところでしたことがあった。
それを樋口が書いた。
麻績部(おみべ)すなわち麻で衣を作ったり綱をよりあわせたりする部族。
としてその職業をとらえ、嘘部シリーズを書くことになった。
その経緯を中上はいっているのだった。
「おれのペンネームはイデスハンソンをもじったものだなんていいやがって」
「いいじやないか」
「わたしはむしろよろこんでいる。このままいけば、わたしは無名のままでおわりそうだ。みんなのような文才はないからな。木村正一という名前が知るひとには知られることになってうれしいよ」
「なにいってる。知っているのはおれだけだぞ。それに久保書店の「抒情文芸」に短編連作を書いているじゃないか。あとひといきだ。山村正夫と肩を並べて目次にでるなんてすごいことだぞ」
彼の励ましがうれしかった。
武骨におもわれているが、情のある男だった。
 
おかしなビジョンばかり浮かぶ。
おかしな声ばかり聞こえてくる。
誰かが、わたしを呼んでいる。
まるで、臨死体験みたいだ。
パノラマ現象を見ているようだ。

反吐(へど)と酒とタバコと小便の臭い入り混じっている。
狭い路地をさ迷っているからだろう。
夭折した青木泰一郎の息子がN賞を受賞した。
その――。
パーティからぬけだしてきたからのだろう。
むかしの文学仲間のことばかりが脳裏に浮かぶ。
彼らの声が耳元でひびく。
ふと見上げると路地の上に無数の管が揺れている。
いくつもの麻暖簾が客の出入りで揺れているようにも見える。
あるいは手招きしているようだ。
おいで、おいで、こっちへいらっしゃい。

「ほうらきた」
目の前がきゅうに明るくなった。
バー「魔子」には先客がいた。
飲み屋だから客がいるのはあたりまえだ。
でも、みんな黒のニット目だし帽をかぶっている。
不気味だ。ハロウィーンの仮装じゃあるまいし。
なんてオゾマシイ。そして怖い。
カウンターのなかの女性がこちらをふりかえった。
ママの魔子だ。真紅の唇から声が漏れた。
「あらぁ、ボウヤ、もどってきたのね」
ゾクッとするようなハスキーな声。

もどってきた。どこから?

どこから、もどってきたというのか。
「どう、オシッコしてすっきりしたとこで、サインしない」
客がニット帽をとった。
うんうんと、そうしたら、というように頷いている。
「収穫の時期だけは向こうさんまかせだ」
樋口だった。中上もいる。
「そうしろよ」
泰一郎だった。
サインすることを促している。
お前、独身主義だったのじゃなかったのか。
いつのまに子供しこんでおいたんだよ。
と、食ってかかろうとして、おかしいことに気づいた。
ゾウっとしてからだがふるえだした。
青木は金魚を飼う水槽にウイスキーをいれておいて、マグカップで飲んでいた。
肝臓ガンで何年も前に死んでいる。
倅のN賞受賞パーティにだって姿をあらわさなかった。
あたりまえだ。死んでいるのだから。
すると、今は……何年なのだ?
「さあ、ハヤクぅ」
ママがウインクしている。

カウンターにはふるびて反り返った羊皮紙が置かれている。

「そう、どうしてもいやなの。だったらこうしておいてあげるから……」

ママはわたしの手に赤い唇をおしつけた。
焼き鏝をあてられたように熱かった。
唇の焼印をおされた。
跡にはなにものこらなかった。
「ここが、熱くなったらわたしを村チャンがひつようとしているつてことなの」

いつまでもまっている。
そういわれた。

いま手の甲が熱い。
熱い。
わたしは薄暗し路地を歩くのにつかれはてていた。
わたしはとある飲み屋の暖簾をくぐった。

「あらぁ、ボウヤ。よくもどってきたわね。サインする気になったのね」


注 サインでなく、しょめい【署名 signature】と書いたほうが重々しくて――。
  効果があるでしょうかね。
  このところ作品に実名をだしています。
  事実を改変するたのしみがあります。
  ごめいわくでも、モデルとなったみなさん、眉をさかだてないでください。
  そして、ごめんなさしい。
  これは小説です。
  元祖嘘部の嫡流としては、これからも。
  嘘の上にウソを重ねる作品。
  屋上屋を架すような、ムダナ迷作をつみあげていきます。
  ご愛読のほどおねがいします。

 今日も遊びに来てくれてありがとうございます。
 お帰りに下のバナーを押してくださると…活力になります。
 皆さんの応援でがんばっています。

にほんブログ村 小説ブログ ホラー・怪奇小説へにほんブログ村