田舎住まい

吸血鬼テーマーの怪奇伝記小説を書いています。

よみがえった精神感応力 第二稿  麻屋与志夫

2019-11-03 23:02:04 | 超短編小説
よみがえった精神感応力  第二稿

 平穏な初夏の一日が始まろうとしていた。六月の終わりの日曜日、ぼくはテレビを妻と見ていた。WOWOWシネマで「ベンジャミン・バトンの数奇な運命」――そう、あの80歳の老人で生まれて、しだいに若くなって赤ちゃんになって死んでいくストーリー。ブラット・ピット主演。ちょうど赤ちゃんになって、エンドマークが出る寸前だった。ぼくは突然、飲んでいたお茶をガバット吐き出してしまった。なにが起きたのか瞬時には理解できなかった。
「どうしたの。どうしたの」
 妻がカン高声できいている。
 ぼくは喉がマヒしたような感じで声が出ない。目の前にあるメモ帳に声が出ない。脳梗塞だ。と、書いた。手は動く。ズボンにはき替えていると妻が救急車を呼んでいる切迫した声がキッチンのほうでしている。

「くるからね。救急車がすぐくるから」

 妻のあわてふためく姿を遠いところから見ている感じだ。
 そのあとのことは、記憶がとぎれとぎれになっていた。意識がもうろうとしてしまったのだろう。上都賀病院の緊急病棟がひどく寒かった。

 入院初日。
 そこから壬生の独協医大に搬送されたのを覚えている。独協でどんな処置をしてもらったのかは記憶にない。
 車椅子から病室のベッドに横になったところから記憶がつながる。
 病名は「アテローム血栓性脳梗塞」だという。

「どこにいるかわかる」
 妻が聞いている。
「独協医大」
 声ががさがさしている。正常な発音ではない。朦朧とした意識の視野に東京在住の三人、二人の娘と息子が枕元に浮かんでいる。ひどくアンリアルだ。実在感が希薄だ。視像はあやふやで、動き、口元が笑みを浮かべてわたしに声をかけている。唇の動きからしばらくして声が聞こえてくる。そのずれはわたしの脳が正常には機能していないからだ。
午後になっているのだろう。時間の経緯がまったくわからない。
「心配いらないから」意識はなんとかつながっている。
 でも、瞬間的に襲ってきた病魔、脳梗塞にぼくはふるえあがっていた。
 記憶も大丈夫だ。声が出ない。口は動いているだけだ。声がでない。意識はしっかりしている。喉の奥でガサガサした音がしているだけだ。なにを言っているのか、意味をなさない声だけが虚しく喉元でしている。
 ふいに尿意、前立腺肥大で頻尿なのにいままでオシッコをしなかったなんて信じられない。
 尿瓶が用意されていた。
 ぼくはふいに何の前触れもなく襲ってきた病魔に怒りと恐怖を感じていた。
 怒り心頭に発し、怒髪天を衝く、としいつても天に向かって起立するほど髪はないのだが、ともかく恐怖よりも怒りのほうが勝っていた。
 ところが、ところがチンボコがない。親の怒りに同調してムスコモ天をつくように勃起しているかとおもいきや、あらあら衆人環視のなかで恐れ入谷の鬼子母神……縮こまっている。

「おとうさんのあれ、どうしちゃったの」
 娘が訊いている。
「あんなに小さかった? いつもあんななの?」
 
 なにいっている。おまえらは臨戦態勢にある亭主のモノきりみたことがないからだ。
 恐怖でチンボコが、縮んでいるのだ。
「そんなこひとはないわよ」と弁護してくれるはずの妻が……いった。
 つまんで尿瓶の口にもっていこうとしても、そのつまむべきものがないのだから、なにもいえない。
 いおうとしても、言葉がでない。
 ぼくチンとしては、ことここに至っては、ただただ、うなだれているわけにはいかなくなった。
 意志はしっかりとして来ていた。
 いかに粗チンといえども沈没したままではいられない。
 海面にでる潜望鏡のように、ニョッキと起立させなければ――。
 衆人環視のなかで恐れ入って平服しているわけにはいかない。

「あら、ないところから……現れた。まるでマジックみたい」

 なにいっている。
 これは魔羅だ。マジックではない。
 全身全霊をかけてHなことをイメージした結果の快挙だ。
 まてよ。
 これをネタにマジッシャンになれるかもしれない。
 ハンカでオオっておいた、消えてしまっていた股間の逸物をふたたび、ニョッキと勃起させたらどうだろうか。
 ……などと小人閑居して不善なことをかんがえている。
 能天気なことばかり考えるから。
 だから脳梗塞になるのだ。
 はいこのへんで、よろしいようでと……尿のさいごの一滴をポンポンと尿瓶の口たたいてから、退場ならぬ退縮させて腹の中に納めた。
 
 コレぞほんものの隠し芸だぞ!
 チン芸!! だぞ!!!

 二日目。 
 MRの狭いトンネルのなかにはいっていった。
 ヘッドホーンを装着。工事現場のような音がしますから、とレントゲン技師が説明する。周囲が乳白色のプラスチック製? のようだ。あまり白くて目がちかちかする。
 MRが起動した。
 ぼくはの視野に風景が現れた。
 とつぜんだった。おどろいた。脳の検査のMRをぼくはとってもらっている。

 アテローム血栓性脳梗塞で倒れたのは昨日の朝九時頃だった。

 ヘットギャーとよぶのだろうか。わからない。おおきなフルフェイスのヘルメットをかぶったようなものだ。さらに、音がうるさいからというので防音のためにヘッドホーンのようなもので両耳をおおった。
ガガガというひびき。ガシャという脳にしょうげきがはしる。脳がゆさぶられている。バケツの水のなかの豆腐がゆれている。あまりうまい比喩ではないが。
 
 電磁気が反響している。その瞬間だった。目前に、モノクロムの風景が映った。
 
 脳の奥にひそんでいたイメージがよみがえったのか。
 
 現実よりも鮮やかなイメージ。白く光るファンデイションホワイトの地に黒の線だけで描かれている。墨絵のようだ。それなのに彩色がほどこされているように鮮やかで感動的だ。唐草模様のようだ。油を含んだ水面のギトギトした模様に変わる。油が薄墨色にゆがんでは浮かんでは消える。
 
 流動的で模様は右から左にパンしていく。
 とらえどころがなく、絶えず変化しつづける数本のロープがダイナミックに波動する。
 模様となった。さらにロープは硬度をおびパイプとなる。屈鉄線のようなパイプが複雑に重なり、屈折してTV『工場萌え』でみた川崎工場地帯の夜景のようだ。
 黒一色だけのモダンアートを見ているようだ。横に動いてた線が縦に立ちあがった。広漠としたトウモロコシ畑のようだ。女流書家篠田桃紅の書のような細い柳葉のような黒い線だけがつらなっていく。ぼくは安堵の吐息をもらしていた。鉄の硬度ではなく柔らかな線の質感がすばらしい。
そしてお花畑が見えた。色彩はなかった。
 でもおかしい。
 見えるというのはおかしい。
 これは視覚でとらえている風景ではない。

 ぼくは目を閉じている。
 目を閉じているのに見えるというのはおかしい。
 脳の片隅にあったイメージが見えているのだ。視覚をとおさずに脳だけで見ている。
 幽明境だ。夢にちかい。幻覚にちがいない。
 
 ただあまりにリアルだ。それをみているぼくの意識はさめている。美しい。まるで臨死体験で花園を見ているようだ。ただ極彩色ではない。
 
 ぼくはMR操作していた技師にいま見た風景について訊いてみた。

「なにが、風景が見えたのですが」
 
 沈黙。無視。
 技師はふりかえりもしなかった。ぼくのいうことなんか、とりあってもらえなかった。
 この奇異な体験はぼくだけのものだと悟った。

 しょんぼりと車椅子にもどった。一日で口のマヒがとれた。舌もよく動く。ぼくを無視した技師への腹癒せに――「京の狂言師が京から今日きて狂言今日して京の故郷に今日帰った。生麦生米生卵」どうだ。早口言葉を言えるのだ。ぼくはボケていない。脳梗塞を起こしたからといって、痴呆症の予備患者ではない。舌が回るのがうれしくて小声でつぶやいていた。まだまだ言える。――「おみみ、おめめ、おでこ。ニャンコ、子ニャンコ、孫ニャンコ。マンゴ、子マンゴ、孫マンゴ、オマンコ」とくらぁ。どうだ。まだまだ、このおん歳にして色気があるんだぞ。
 若い時のぼくだったらいまみた風景について車椅子を後ろから押してくれている美人の看護婦んに話していたろう。
 あまりおかしな体験についてはひとに話さないほうがいいくらいの世間知は身についている。――「よぼよぼ病、予防病院、予防病室、よぼよぼ病予防法」ぼくは早口言葉を呪文のように唱えながら六人の大部屋に帰りついた。――「桜咲く桜の山の桜花咲く桜あり散る桜あり」……こんな境遇でぼくチン散りたくない、死にたくないモン。まずは、おとなしく沈思黙考。ベッドに横になった。手帳に東日本震災の遺構についてのショートショートを書き出した。
 隣のベッドからの声。
 ピンクのカーテンで仕切られているだけだからとなりの部屋の声がよく聞こえる。
 たった二メートルくらいしかはなれていないのだろう。看護婦さんやつき添っている患者の男の妻があわただしく動くたびにカーテンがゆれた。
「かあさん。かあさん」
 と男は呼びかけていた。妻に呼びかけている。
 その赤ちゃんがえりしたような声に応えている妻の声は慈愛にみちている。
 看護婦さんにねがえりさせるときの介護の仕方を教えてもらっている。
 床ずれができていて痛いらしい。
 苦しむ声はいろいろなべものを要求している。
「お餅はだめなの。のどにツカエルと困るから。お医者さんに止められてる」
「ソンジヤネ。アレタベタイ」
「ナニカシラ」
「ラーメン」
「カップラーメンデイイノ」
「ソレカラ……」
「なぁに」
「あれ。あれだよ」
「なあに。なにたべたいの」
 たべもののことしかはなさない。
 家からもってきたものをいろいろ食べている。
 翌朝。
 ささやき声がしいてた。となりのベットかだった。
「地震のゆめみたよ」
「どうして地震の夢なんか見たの」
「きょう、地震の夢みたので気持ちがいいんだよ」
「どうして、地震の夢みたの。怖かったでしょう」
「あのね。ちがうんだよ。気持ちがいいんだよ。静かな気持ちになったよ」
「よかったね。よかったね」
 どんな人なのだろう。話し声の調子からなんとなくお笑い芸人でマラソンランナーの猫ひろしを思い浮かべた。
 おそるおそる。ぼくは渡辺さんのベットのほうに寝返りをした。カーテン越しにハシタナイトおもったが聞き耳をたてた。
 ぼくは鼓動が高まっていた。ひょっとすると、これは……。こんなことが、起きるのは、何年ぶりだろうか。これは、わたしの脳波、かんがえていることが、となりのベッドの彼に転移したのかもしれない。
 ぼくはリハビリをかねて昨夜から小説をかきだしていた。
 東日本震災で被害を受けた小学校の遺構でながくおもい合っていた二人が結ばれるといったハッピーエンドの話だ。漢字も書ける。手もふるえることはない。
 文章もいままでのように浮かんでくる。
 いや発病する前よりもすらすらかける。ぼくはうれしくなった。ふいに喉が詰まり、声帯がマヒして声がでなくなったときは、恐怖に慄いた。もうだめだ。これまでだ。作家として、カムバックするなど夢のまた夢だ。
 だからたった一日で回復したこと感謝した。すごくハッピーな気持ちになっていた。こんなことが起きるのはひさしぶりだ。
 地震。ハッピーな静かな気持ち。
 ぼくの思いが隣のベッドの男に転移した。
 
 若い時には、こうしたたあいもない、偶然の一致がしばしば起きた。
 
 ある朝。明けがた。近所の八百屋さんが死ぬ夢をみた。確かめに行った妻が青い顔で帰ってきた。死神を身近に感じることがある。黒い羽根の羽音を感じる。こうしたオカルトじみた経験などひとに誇れるものではない。
 
 そのさらに翌朝。
「あのね。パソコンがほしい」
「おとうさん、とつぜんなにいうの。パソコン使ったことないでしょう」
「パソコンがほしい」
 男は玩具を欲しがる子供のように、妻にあまえている。
「パソコンがほしい」
 間違いなく、ぼくの行動につられての発言だ。
 昨夜はよくねむれなかった。夜起き上がってひそかにパソコンを使った。うるさかったのだろうか。いや、パソコンを打つ音はほとんどひびかない。静にキーボドに触れた。
 せっかく、静かな気持ちなれたのに、ぼくが邪魔をしてしまったとしたら、もうしわけのないことをした。

「昨夜はよく眠れたでしょう」
 
 ふいに右となりのカーテン越しに話しかけられた。
 さいしょは何を問いかけられているのか、わからなかった。
「となりの渡辺さんが運び出されたのしらなかったのですか」
「何時ごろですか」
「十時ごろかな」
「部屋をうつったのですか」
「わかりません。看護師さんは口がかたいから、おしえてくれません」

 カーテンが微動だにしない。
 たしかに左隣の渡辺さんはいない。
 あまりの静かさに寂しさを感じた。
 少し早いがぼくは、洗面所で顔を洗いたくなった。部屋をでた。まだ六時の起床時間前なので廊下は静まり返っていた。洗面所にはだれもいなかった。
 
 ちいさな窓の外はまだ明けきらない空。
 そして梅雨らしい小糠雨。
 病院は雨の下でまだ眠っていた…。


注。突然ですが七月三十日に載せた「よみがえった精神感応」の第二稿です。明日からはまた「下痢」が続きます。


麻屋与志夫の小説は下記のカクヨムのサイトで読むことができます。どうぞご訪問ください。

カクヨムサイトはこちら

  今日も遊びに来てくれてありがとうございます。
 お帰りに下のバナーを押してくださると…活力になります。
 皆さんの応援でがんばっています。



下痢3   麻屋与志夫

2019-11-03 06:13:17 | 純文学
3

 ぼくと母の憎悪は青白く父の直腸を焼き尽くしていた。
 直腸癌にさえ、父が侵されなければ――。
 だが、父は病んでいた。気づいたときは末期癌。患部の摘出はむり。
 わき腹に人工肛門をつける手術をうけた。

 そして……父は――ぼくらがなぜ彼を憎悪しなければならないかという家族の歴史を凝固させたような球状の異形の糞をわき腹から排泄する。

 医師は下痢止めに飲む薬のせいだといった。横腹に穿たれた人工肛門から分娩されるピンポン球ほどの固形物とそれが父の肉体から分離されるさいの、彼の苦悶の声をきいていると、すべての憎しみを忘れて、ぼくはただおろおろするばかりだった。
 父の叫びの一声一声がぼくから言葉をうばっていった。
 眼窩の奥の冷えびえとした虹彩をみつめる。
 死者のような枯れ枝色の細い腕をにぎっていると、ぼくは言葉を犠牲にしても、言葉はいらない父の苦痛をやわらげることができるならと……思ってしまうのだった。
 憎しみと同情とこの矛盾が親子の情愛なのだ。
 だが、あとになってから、そのような感情をすくなくてもぼく自身は呪った。
 冷酷になれない自分がいまわしかった。
 今朝、あまりの寒さに母の病室に(父が死んでいった部屋に母がいた)ストーブをもちこんだところ、部屋をかたちづくる木材のあらゆる部分にしみこんでいたあの異臭が熱気にあぶられてよみがえった。
 ぼくははげしい吐き気に襲われた。
 その瞬間、みあわせた母とぼくの視線の接点で閃光のように父イメージがきらめいて消えた。あの一瞬の感情を、ぼくはできることなら書きたい。
 それが書けるなら、これからの人生を無駄にしてもいいとさえ思った。
 それは、簡潔にいえば、父への怨念でありけして父をゆるさないという憎しみの情だ。




麻屋与志夫の小説は下記のカクヨムのサイトで読むことができます。どうぞご訪問ください。

カクヨムサイトはこちら

  今日も遊びに来てくれてありがとうございます。
 お帰りに下のバナーを押してくださると…活力になります。
 皆さんの応援でがんばっています。