田舎住まい

吸血鬼テーマーの怪奇伝記小説を書いています。

下痢18  麻屋与志夫

2019-11-14 09:48:02 | 純文学

18

 葬儀車は雲龍時に向かっていた。
 ぼくはすでに外の景色はみていなかった。
 
 通夜のため昨夜は一睡もしていなかった。
 美智子はどうしているだろう。お腹の大きい妻は焼き場にはこなかった。
 寝たきりの母には付添う身内が必要だった。
 すこしでも、妻が寝られればいいのだが。
 これからまた忌明けの食事の準備がある。過労で倒れなければいいのだが。心配だった。
 
 読経がはじまった。
 このときになって、ぼくはきゅうに汗がふきだした。
 汗は背広をぐっしょりとぬらしていた。
 喪服もなく。
 夏の背広もなく。
 冬の背広をきているじぶんがなんとなくやるせなかった。
 医療費の支払いさえなければ、裕福に暮らせるだけの収入はあった。
 それがいまは借金まみれだ。
 ぼくの背に親族の眼が集中していた。
 太ももがひりひりする。
 骨壺の底の形にズボンの布が焼けたように変色していた。
 骨壺が熱かったのだ。
 ……夢中で膝の上で骨壺をかかえていた。
 熱さに気づかなかった。
 手の平も火傷をしてあかくただれるようにふくらんでいた。



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下痢17  麻屋与志夫

2019-11-14 06:39:10 | 純文学
17

 死体焼却炉の鋳物の扉に、汚れた白い手袋の手が……鉗子状のそれでいてさきに鋭い鉤のついた道具を握り、きわめて機能的にのばされる。
 一瞬、真っ赤な炎がほどばしる。
 だがそれは錯覚で、炎の燃え盛る残音をきいただけだった。
 生きている間は、ねちょねちょした異臭をはなつものを排泄していたのに、きれいに灰になった父の骨が台の上にあった。
 父であったものは、なにもかも灰となっていた。
 つまみあげようとする箸のさきで、骨はくずれなかなか骨ツボに入れられなかった。
 骨ツボがいっぱいにならなかった。
 ――ながいことコバルト療法を受けていたからね。骨までぼろぼろになって。
 後ろのほうで声がした。
 骨ツボに密閉されるとこを拒むように、くだける骨をひろいながら、ぼくは手の甲を涙で濡らしていた。
 どうして涙がでるのだ。
 どうして涙が止まらないのだ。
 なぜかこの時から、父がはじめてぼくの中で生き始めた。
 父にたいする怨念がうすらいでいった。
 こころが浄化されていく。
 それは意識してそうなっていくという心のうごきではなかった。
 親の死を悼むというプリミィテイブな感情だった。
 それは出棺の時や、街を通過しているときのような悲哀ではなかった。




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