田舎住まい

吸血鬼テーマーの怪奇伝記小説を書いています。

下痢14  麻屋与志夫

2019-11-11 07:03:02 | 純文学
14

 一回でもいいから、ぼくは父が生きている間に、怨念がはれるような言葉をあびせたかつた。
 それもいまは虚しい。
 最後の別れの時においてさえも、ただ無言で花弁を父の顔になげかけるだけだった。
 棺にふたがされた。小石が釘の頭を打つ。火花が散った。ぼくはすでに、肉親の肉体を意識とてはいなかった。
 薄暗がりから太い皺だらけの腕がのび釘を打つ手をおしとど、白い姉の手に手をかさね、押しのけ、棺の覗き窓を開け、花に埋もれた死に顔をまさぐり……だがそこまでだった。は
 病人にしては重過ぎる、肉の袋を抱えるように母を寝床につれていった。どのようにして、父の棺までにじりよったのか。
 母のあまりの重さによろけて棺の角でわき腹をうった。息がつまるような痛み。肉の重量。衝撃。が瞬時に脳天をつきぬけた。
 寝巻ごしに、おおきな母の乳房が両手いっぱいに感じられ、その乳房のひっかかりがなかつたら、母を後ろからだきかかえることはできなかった。棺からひきはがすこともできなかった。
 両手には母の乳房をまさぐった幼児体験がよみがえった。老いてありすぎる食欲のため、肉体の嵩をまし、すでに一人歩きすらできなくなっていた。それなのに、どうやって、父のところまでたどりついたのだろう。




麻屋与志夫の小説は下記のカクヨムのサイトで読むことができます。どうぞご訪問ください。

カクヨムサイトはこちら

  今日も遊びに来てくれてありがとうございます。
 お帰りに下のバナーを押してくださると…活力になります。
 皆さんの応援でがんばっています。