田舎住まい

吸血鬼テーマーの怪奇伝記小説を書いています。

下痢13  麻屋与志夫

2019-11-10 11:45:58 | 純文学
13

 姉ぼくらの苦境はなにも知らない。
 なにひとつわかっていない。 
 ――畜生腹というのよ。

 ぼくは妻をうながして、裏の井戸端にでた。
 この日が早く幻の中に消えてくれればいいのに――。
 妻は幼子のようにイヤイヤをして号泣していた。

 父と母の医療費の支払いのため、わが家は完全に破産していた。
 ほかの町に嫁に行った姉は看病のしかたがたりなかった、とののしりつづけていた。
 玄関が汚れている。汚れた履物が乱雑に履き捨ててあるとか、わめきちらしていた。
 同じ町にいる長姉は毎日のように看病にきてくれていたので、ただ涙ぐんでいた。
 ぼくはサンダルが見つからず裸足で、妻をだきしめていた。
 ――なによ。葬式の日までいちゃついているの。
 姉の声がした。ぼくは、無言で、汚れた足のまま座敷にあがった。
 怒りのために眼球がとびだしそうな眼差しで、姉がぼくをにらんでいた。
 ぼくは、施主花をむしりとって、父の棺桶になげつけた。




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下痢12  麻屋与志夫

2019-11-10 04:37:27 | 純文学
12

 午後になって日差しは強くなった。
 ひと月遅れのタナバタ八月七日のことで、ぼくは姉たちにむりやり着せられた一着しかない背広、冬の黒い背広を着ていた。汗が額からもふきだしていた。
 父であったものの、脂と異臭のしみこんだ畳を見ていた。
 朝から何度も雑巾をかけているのに、人体の形に、淡青色のカビが生えて、まるで聖骸布のように見えた。
 女たちはその人型をみて、なにかの祟りにちがいないとささやきあった。
 母は隣の部屋の隅に寝ていた。
 これまたむくろのようにみえた。意識こそしっかりしているが、母は三十年近くわずらっていた。
 
 呪われているのよ。
 この家は呪われているのよ。
 この家は死霊にとりつかれているのよ。
 お父さん、こんなつらい死にかたをして。
 ぼくのすぐ上の姉が泣いていた。長姉はさすがにおちつきをとりもどしてた。
 年下の姉はつづけた。
 呪うのは死霊だけではありませんよ。
 生霊の呪いだってあるのだから。
 おなかの大きな妻に向かって声をはりあげていた。
 どうせいい子はうまれないわよ。畜生腹というのよ。お父さんが死ぬ苦しみなのに妊娠るなんて……。
 おおきなお腹をかばいながら、雑巾がけにはげむ妻に罵声をあびせていた。
 いちども見舞いになんかきたことがない姉だった。
 妻は高齢者出産を悩んでいるのに。
 批判されることはわかっていた。
 もうこれ以上はまてない。
 いま、赤ちゃんを産まなかったっら……。
 ぼくらの苦渋の決断など理解されるはずはなかった。



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