田舎住まい

吸血鬼テーマーの怪奇伝記小説を書いています。

何が何だかわからない夢を見た 麻屋与志夫

2021-09-25 10:01:38 | 夢見るGGの夢占い
9月25日 土曜日
夢見るGGの夢占い26

イヤニナッチャウナ。
奇妙奇天烈。
キキカイカイ。
摩訶不思議。
シッチャカメッチャカ。
ほんまけったいやな。
ああ、吾輩の頭はどうなっているの????? といった夢をみた。

しばらくは、GGの夢の話におつきあいください。
わたしは小学生。イジメにあっていた。友達に隠された靴の片方を探していた。
講堂の入り口にもない。
「講堂が体育館になったときに、日本古来の教育は崩壊した――夢の中で声だけがした。皇道精神がガタピシしたのもそのためだ」
そうだ。夢の中で、わたしは靴を探していた。

背景がふいにかわる。つながりがないのは夢だからだ。
靴を探して山道を歩いていた。
はるかかなたで、体育の先生の声がする。
はやく靴を探しあてて、授業に参加しないと、たいへんなことになる。

「探し歩いている片方の靴は、美少女のシンボルだ」また声がした。
夢の中で夢の解釈をしている。
小学生だったとき、わたしにやさしい言葉をかけてくれる女子生徒はいなかった。
『マグロ』というあだ名を体育の先生からいただいた。
鉄棒にぶら下がったきりで、蹴上がりができなかったからだ。
そのあだ名が気になって、女の子に声をかけることができなかった。
勉強は抜群によかったのに。クラスでの人気はぱっとしなかった。
そんなことを夢の中で考えていた。

あの少女たちはすでに黄泉比良坂の彼方に転居しているかな。
夢というのはさびしくも奇妙なものである。
なんの関係もないことがふいに現れ繋がり踊りだす。
すべての記憶が、一餅となってしまう。

死にかけた羊が三匹、道端にいた。
道の端の樹木に影ででは、友だちが女の子とイチャツイテいる。
はやく運動場にいかないと叱られるのに。

中曽根さんが、靖国神社に参拝している。
どうしてこう飛躍するのだ。
講堂という言葉に触発されていることは確かだ。
講堂―皇道。中曽根さんが、美少女になって、わたしに行動をうながしている。

わたしはついに手渡すことのできなかったラブレターを書いている。
それがいま書いている小説の文章につながったところで目が覚めた。

きょうも執筆に忙しくなりそうだ。



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