超短編19 老衰
著名な作家Oが亡くなった。
八十八歳だった。
死因は老衰。
いまはすっかり執筆依頼のない、忘れられた物書きの夫を美佐子は観察した。
彼との来し方を思うと、つきなみな表現だがよくここまで生きてきたものだと感慨無量だ。
九十歳になる夫。
「北斎の享年が九十歳。卒寿。ここが節目だ。これからの一年一年をしっかり生き抜いてみせる」
発表するあてもない小説を毎日書きつづけている。
老衰――を検索した。
食欲がなくなり眠るがごとき大往生。とのことだ。
「食欲がありますか?」
Drにはよくきかれる。
プット噴き出してしまう。
茨城の海岸沿いの町に住んでいる弟が持参した寿司を三人分くらいへいきでたいらげてしまった。
お酒だって飲ませておけばきりがない。
小原庄助さんの歌ではないが、朝寝、朝酒、朝風呂がだいすきな、文無し男だ。
「お父さんそろそろ終活かんがえたほうがいいよ」
ときおり、帰省する娘たちに勧められて憤慨している。
「十年早い」
「この本どうするのよ。売った方がいわ」
「おれが死んでからにして」
「本を売ることは物書きにとって手足をもぎ取られるようなものだ」
いくら飲んでも崩れるようなことはない。
どこか漏水してるのかもしれない。
美佐子は最近そう思うようになった。
文学の知識もどこからか、漏れでてしまっている。
夫の書きすすめている小説を読むのが怖い。
漏水していたらどうしょう。
どんな作品に仕上がるのだろう。
いたずらに、労力を浪費するだけの作品だったらかわいそうだ。
「これから再出発だ。新人賞におうぼするぞ」
やっぱり歳だ。
頭がどこか、老いて衰えてきている。
麻屋与志夫の小説は下記のカクヨムのサイトで読むことができます。どうぞご訪問ください。
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「食欲がありますか?」
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お酒だって飲ませておけばきりがない。
小原庄助さんの歌ではないが、朝寝、朝酒、朝風呂がだいすきな、文無し男だ。
「お父さんそろそろ終活かんがえたほうがいいよ」
ときおり、帰省する娘たちに勧められて憤慨している。
「十年早い」
「この本どうするのよ。売った方がいわ」
「おれが死んでからにして」
「本を売ることは物書きにとって手足をもぎ取られるようなものだ」
いくら飲んでも崩れるようなことはない。
どこか漏水してるのかもしれない。
美佐子は最近そう思うようになった。
文学の知識もどこからか、漏れでてしまっている。
夫の書きすすめている小説を読むのが怖い。
漏水していたらどうしょう。
どんな作品に仕上がるのだろう。
いたずらに、労力を浪費するだけの作品だったらかわいそうだ。
「これから再出発だ。新人賞におうぼするぞ」
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