面接試験
とあるアミューズメント施設にて
面接官「では我が社を希望した動機をお聞きしてよろしいですか」
求職者「はい、お客様に夢を与える仕事だなと思いまして」
面接官「そうですか。ではお客様と一緒になって夢を共有するのに一番大事なものは何だと思いますか」
求職者「夢の国の住人になりきることでしょうか」
面接官「それも大事です。でも一番ではありません。失格です。お引き取りください」
求職者「そんな。どうしても仕事にありつかないと困るのです。何でもします。どうか働かせてください」
面接官「何でもすると言われましたね。本当に何でも出来ますか」
求職者「はい、何でもします」
面接官「本当ですね。途中でのリタイヤは許されません。そのかわり破格の給料をお出しします。犯罪行為ではありませんのでご安心ください。お約束します」
求職者「どんな仕事なのか、前もって聞けませんか」
面接官「だめです」
求職者「そうですか。分かりました。生活にお金が必要なのです。やらせてください」
面接官は鏡張りの壁に合図を送った。どうやらマジックミラーになっているようだ。
ドアからこの施設のメインキャラクターであるネズミの着ぐるみが跳びはね、バクテンを繰り出しながら、入ってきた。求職者に握手を求めている。身体能力の高さに求職者は驚いている。
求職者は着ぐるみのネズミと向かい合って立った。卵の殻が割れるようなかすかな音を聞いた。その音はネズミの頭から股間まで伸びる一文字の亀裂が入った音だった。亀裂は大きな裂け目となり、ぬいぐるみの外皮が足下に落ちる。中には全裸のおやじが入っていた。このおやじにあの動きが出来るのは驚きだった。
裸のおやじが口を開く。
裸のおやじ「ありがとう。次の宿主がいないとこのネズミが剥がれないんだ。長かったよ。十年こいつの中にいた」
だまって求職者は裸のおやじの話を聞いた。でも内容は理解出来なかった。
いつの間にか求職者の足下に脱皮したネズミの外皮が迫っていた。外皮は一気に求職者に覆い被さった。合わせ目はぴったりと閉じる。途端にネズミのキャラクターが動き出す。ベテランのスーツアクターの動きを完全に越えていた。
裸のおやじ「な、すごいだろそいつ。そういう生き物なんだ。服はそいつに吸収されて俺みたいに全裸になるが、気にするな。そいつの中は割と快適だ。パワードスーツみたいに外皮が勝手に動き回るから苦しくないだろう。ただ唯一の問題は、次の身代わりが現れるまでその地球外生物は脱げないぞ。しかも二十四時間、三百六十五日ずっとだ。じゃあな」
裸のおやじは面接官に向き直って聞いた。
「ネズミの着ぐるみじゃあ、外出も出来ずにほぼこの施設に軟禁状態だった。お金を使うチャンスすらなかった。たんまりと溜まっただろう。現金で今すぐだしてもらおう」
面接官「ごくろうさまでした。こちらにどうぞ」
気づくと、ネズミの着ぐるみだけがぽつんと部屋に取り残された。
医者と患者
「次の患者さん診察室にどうぞ」
待合室に看護師さんの声が響いた。診察室のドアを開けて室内に入る。
患者「こんにちは。あれ誰もいない」
カーテンの奥からキャスター付きのイスに座ったままの医者が飛び出してくる。
医者「はい、こんにちは」
患者「うあ、びっくりした」
医者「今日はどうされましたか。びっくりする症状ですか」
患者「違いますよ。先生が勢い良く飛び出てくるからびっくりしたと言っただけです」
医者「びっくりしたと言うのが気になる症状ですか」
患者「違いますよ。いやもうその件はいいんです。今日はのどが痛くて咳が出るから来ました」
医者「そうですか。では診てみましょう。口を大きく開けてください」
患者「はい(口を開ける)」
医者は口をぽかんと開けた患者をしばらく観察する。観察を始めて五分が経過する。医者はイスに座ったままの状態で患者を中心に回り始めた。一周、二周……。患者が異変を感じて医者に目で訴える。医者はそれでも周回をやめない。先生の患者を中心とした周回は、十周を越えた。
患者「先生」
医者「はい」
医者はそれでもぐるぐる回っている。
患者「何してるんですか」
医者「運動です」
患者「運動?」
医者「最近、運動不足と医者に言われましてね、趣味と実益をかねて、診察中のエクササイズを始めました。ちなみに、このキャスター付きのイス、軽く動くように見えるでしょう?」
患者「はい」
医者「ノンノン。実はこのイスは特注品で、重量は百キログラム超なのです。下半身を効果的に鍛える設計を心がけた逸品なのです」
患者「はあ」
医者「すっかり分かりましたぞ。これはカゼです。薬を出しときますから、速やかに帰って、布団を敷いて寝てください。ベットの場合は布団を敷く必要はございません。では」
額にうっすら汗を浮かべた医者は患者を残してカーテンの奥に消えていった。