カズオは何個目かの目覚まし時計を止めた。
意識が水の底からゆっくりと浮かび上がる感覚を感じる。
焦点の合わない目で時計を見た。
まずい時間だ。
会社に間に合うか間に合わないかの瀬戸際だ。
またか…
カズオは己の運命じみた、ギリギリ体質を呪う。
未だ無遅刻なのが、カズオ自信にも不思議だった。
今はそんなことを考えている場合ではない。
毎朝こんな調子なので、カズオなりに作戦は立ててある。
寝間着は出勤ユニフォームであるスーツで寝ている。
皮靴をはいて即座に外に飛び出す。
自転車にまたがった。
最寄り駅まで十分はかかる。
幹線道路をまたぐ信号につかまるとさらに五分は余分に時間がかかる。
カズオはがむしゃらにペダルをこいだ。
目前の青信号が点滅する。
間に合うのか…
すんでの所で渡ることができた。
次の交差点にさしかかる。
またしても青信号が点滅を始めた。
行けるか…
ギリギリで渡りきる。
汗だくになり、駐輪場に自転車を投げ出すように止めた。
改札を走り抜け、ホームに駆け上がる。
発車ベルがけたたましく鳴る。
カズオが電車のドアに体を滑り込ませた瞬間、不機嫌そうにドアがしまる。
この電車に乗れたということは、目的駅から会社まで五分。
五分で約二キロを走り抜ける計算になる。
カズオにとっては余裕の時間だ。
いつもはこれよりさらに時間がない。
今日はこれでもラッキーだった。
時間が迫る中、外の景色を眺める余裕もカズオには出てきた。
早朝にはカラスもどこかに出勤するのか、車外を飛び回る姿を何羽も見た。
混み合う車内だったが、カズオの目の前に一人の老紳士がドアにもたれて立っていた。
突然、老紳士が胸を押さえてその場にうずくまる。
苦悶の表情が痛々しい。
カズオは思わず声をかける。
「大丈夫ですか」
「胸が苦しい。息ができない」
電車がスピードを緩めて、次の駅に停車した。
ドアが開いたのでカズオは老紳士を肩で持ち上げるようにして、一緒にホームに降りた。
一瞬にして周囲が困惑の雰囲気に包まれる。
カズオもどうしたら良いのか分からないが、現在の状況を伝えることしかできなかった。
「救急車を呼んでください。この方が胸の痛みと、呼吸困難を訴えています」
老紳士の顔色が見る間に血の気を失っていく。
カズオはしっかりしてくださいと声をかけ続けた。
救急隊が駆けつけ、老人は運ばれていった。
救急隊員の話では、一時的な体調不良で命に別状はないとのことだった。
カズオは安心した。
そして、自分の心配をする。
腕時計を見た。
会社は完全に始まっている時間だ。
俺のギリギリだが、遅刻は決してしない人生も終わったか。
そう思いながら、会社に電話をかける。
数回の呼び出しベルの後、同僚が電話にでた。
「はい、オフィス・会社でございます」
「あっ、お疲れさまです。カズオです」
「カズオ君、そっちは大変でしょう」
「えっ?何かご存じですか」
「ニュースでもやってるわ。停電で電車が止まったんでしょう。そんな調子だから、今日は会社に来れるようなら来てね。遅延届けは私の方で用意しておくからね。じゃあね」
電話が一方的に切れる。
今朝もまた、カズオはギリギリではあったが、遅刻ではなくなった。
意識が水の底からゆっくりと浮かび上がる感覚を感じる。
焦点の合わない目で時計を見た。
まずい時間だ。
会社に間に合うか間に合わないかの瀬戸際だ。
またか…
カズオは己の運命じみた、ギリギリ体質を呪う。
未だ無遅刻なのが、カズオ自信にも不思議だった。
今はそんなことを考えている場合ではない。
毎朝こんな調子なので、カズオなりに作戦は立ててある。
寝間着は出勤ユニフォームであるスーツで寝ている。
皮靴をはいて即座に外に飛び出す。
自転車にまたがった。
最寄り駅まで十分はかかる。
幹線道路をまたぐ信号につかまるとさらに五分は余分に時間がかかる。
カズオはがむしゃらにペダルをこいだ。
目前の青信号が点滅する。
間に合うのか…
すんでの所で渡ることができた。
次の交差点にさしかかる。
またしても青信号が点滅を始めた。
行けるか…
ギリギリで渡りきる。
汗だくになり、駐輪場に自転車を投げ出すように止めた。
改札を走り抜け、ホームに駆け上がる。
発車ベルがけたたましく鳴る。
カズオが電車のドアに体を滑り込ませた瞬間、不機嫌そうにドアがしまる。
この電車に乗れたということは、目的駅から会社まで五分。
五分で約二キロを走り抜ける計算になる。
カズオにとっては余裕の時間だ。
いつもはこれよりさらに時間がない。
今日はこれでもラッキーだった。
時間が迫る中、外の景色を眺める余裕もカズオには出てきた。
早朝にはカラスもどこかに出勤するのか、車外を飛び回る姿を何羽も見た。
混み合う車内だったが、カズオの目の前に一人の老紳士がドアにもたれて立っていた。
突然、老紳士が胸を押さえてその場にうずくまる。
苦悶の表情が痛々しい。
カズオは思わず声をかける。
「大丈夫ですか」
「胸が苦しい。息ができない」
電車がスピードを緩めて、次の駅に停車した。
ドアが開いたのでカズオは老紳士を肩で持ち上げるようにして、一緒にホームに降りた。
一瞬にして周囲が困惑の雰囲気に包まれる。
カズオもどうしたら良いのか分からないが、現在の状況を伝えることしかできなかった。
「救急車を呼んでください。この方が胸の痛みと、呼吸困難を訴えています」
老紳士の顔色が見る間に血の気を失っていく。
カズオはしっかりしてくださいと声をかけ続けた。
救急隊が駆けつけ、老人は運ばれていった。
救急隊員の話では、一時的な体調不良で命に別状はないとのことだった。
カズオは安心した。
そして、自分の心配をする。
腕時計を見た。
会社は完全に始まっている時間だ。
俺のギリギリだが、遅刻は決してしない人生も終わったか。
そう思いながら、会社に電話をかける。
数回の呼び出しベルの後、同僚が電話にでた。
「はい、オフィス・会社でございます」
「あっ、お疲れさまです。カズオです」
「カズオ君、そっちは大変でしょう」
「えっ?何かご存じですか」
「ニュースでもやってるわ。停電で電車が止まったんでしょう。そんな調子だから、今日は会社に来れるようなら来てね。遅延届けは私の方で用意しておくからね。じゃあね」
電話が一方的に切れる。
今朝もまた、カズオはギリギリではあったが、遅刻ではなくなった。
休日の朝、カズオはいつもより早く目を覚ました。
背中を悪寒がはしる。こういうときに悪い予感が的中する不思議な癖がカズオにはあった。
急いでスマホをみる。
新着メッセージが何百とあった。
「おめでとう」
「これから大変だね」
「世界を代表してがんばって」
メッセージが画面に並ぶ。
だいたい同じ内容のコメントが並ぶ。
「カズオ様。今年度の世界健康大使はあなたです」
「うそでしょ」
カズオの口から思わず声が漏れた。
誰かがドアを乱暴にたたく。
インターホンが鳴る。
「おはようございます。お目覚めですね。早速ですが、世界健康大使就任おめでとうございます。今のお気持ちを一言いただけますか」
カズオは自分の足下がぐらぐらして立っていられなかった。
スマホが鳴る。
会社のグループラインに新着メッセージが届いたようだ。
「今年一年間の仕事は免除になります。給料は国から保証されますので、安心して体調維持に努めてください」
これから自分に起こる状況を想像したカズオは、急いでキッチンに走る。
テーブルの上にあるタバコに火をつける。
深く吸う。
冷蔵庫から取り出した缶コーヒーを、立て続けに三本流し込む。
その後、缶ビールを飲み干す。
一呼吸ついた時に、ひときわ威圧的な声がインターホン越しに聞こえた。
「カズオさん。国家緊急事態回避省のものです。もうお聞きかと思いますが、あなたの身柄をこれより一年間、国家があずかり、管理します。これは強制力があります。先方の指示によりあなたが選ばれた以上しょうがない事案であるのは分かりますね。ドアを開けてください」
カズオは画面に映る、スーツ姿の役人らしき人物を確認する。
カズオは自分の考えを整理しようと努力はした。
しかし、パニックになるばかりだった。
仕方なくカズオは玄関ドアを開けて、役人を招き入れた。
「突然のことで申し訳ない。しかし、サンプルの発表自体が突然のことなのでね、これはどなたもしょうがないのです。あなたの健康状態を調べる日時は一年後です。あなたは、地球人を代表してやつらに健康を証明しなければなりません。おっと、やつらなどと口が滑りましたな」
役人は胸ポケットからタバコを差し出し、カズオにすすめる。
カズオは口にしたタバコに火をつけてもらう。
「カズオ様のことは昨夜ある程度調べました。サンプルとしては厳しい生活をなされてますね。酒、タバコ、不摂生、寝不足、高血圧、中年太り…これ、やばいですよ」
「はあ、わたしも任命されて背筋が凍る思いです」
「もしですよ、一年後の健康検査に引っかかった場合、どうなるのか、あなたご存じですか」
役人は自らもタバコに火をつけてうまそうに吸った。
「いえ、具体的にどうなるのかは知りません」
「地球が宇宙人に征服されて何年経つのか…私たち地球人は宇宙に労働力を送り込む生活を強要されています。しかし、労働の対価として宇宙人は我々にありあまるお金を払っています」
「ええ、おかげで贅沢な暮らしをしています」
「そのかわり、やつらも、地球人の体調を特にチェックする。過去に地球人が持ち込んだ病原体で痛い目をみたことがあった。それを嫌った宇宙人がとった手段が世界健康大使ですよ」
カズオの肩をがっしりとつかんで役人は熱く語っている。
「そうなんですね」
「そうなんですよ。奴らは無作為に選んだ地球人のサンプルを遺伝子レベルまで徹底的に解析するようになった。もしこのテストで不合格になった場合…」
「なった場合…?」
カズオは息をのむ。
「地球人の生活待遇を一度リセットする。管理と監視を強いる。捕虜なみの生活までレベルを下げると奴らは言っている」
「責任重大ですね」
カズオの全身が小刻みに震える。
「そうだ。責任重大だ。だから私も、あなたにつきあって、今日から禁煙するよ」
役人はポケットからだした携帯灰皿でタバコの火を消す。
「とりあえず、施設までいこうか」
「はい」
カズオはとりあえずこいつらから逃げ出してみようと考えていた。
背中を悪寒がはしる。こういうときに悪い予感が的中する不思議な癖がカズオにはあった。
急いでスマホをみる。
新着メッセージが何百とあった。
「おめでとう」
「これから大変だね」
「世界を代表してがんばって」
メッセージが画面に並ぶ。
だいたい同じ内容のコメントが並ぶ。
「カズオ様。今年度の世界健康大使はあなたです」
「うそでしょ」
カズオの口から思わず声が漏れた。
誰かがドアを乱暴にたたく。
インターホンが鳴る。
「おはようございます。お目覚めですね。早速ですが、世界健康大使就任おめでとうございます。今のお気持ちを一言いただけますか」
カズオは自分の足下がぐらぐらして立っていられなかった。
スマホが鳴る。
会社のグループラインに新着メッセージが届いたようだ。
「今年一年間の仕事は免除になります。給料は国から保証されますので、安心して体調維持に努めてください」
これから自分に起こる状況を想像したカズオは、急いでキッチンに走る。
テーブルの上にあるタバコに火をつける。
深く吸う。
冷蔵庫から取り出した缶コーヒーを、立て続けに三本流し込む。
その後、缶ビールを飲み干す。
一呼吸ついた時に、ひときわ威圧的な声がインターホン越しに聞こえた。
「カズオさん。国家緊急事態回避省のものです。もうお聞きかと思いますが、あなたの身柄をこれより一年間、国家があずかり、管理します。これは強制力があります。先方の指示によりあなたが選ばれた以上しょうがない事案であるのは分かりますね。ドアを開けてください」
カズオは画面に映る、スーツ姿の役人らしき人物を確認する。
カズオは自分の考えを整理しようと努力はした。
しかし、パニックになるばかりだった。
仕方なくカズオは玄関ドアを開けて、役人を招き入れた。
「突然のことで申し訳ない。しかし、サンプルの発表自体が突然のことなのでね、これはどなたもしょうがないのです。あなたの健康状態を調べる日時は一年後です。あなたは、地球人を代表してやつらに健康を証明しなければなりません。おっと、やつらなどと口が滑りましたな」
役人は胸ポケットからタバコを差し出し、カズオにすすめる。
カズオは口にしたタバコに火をつけてもらう。
「カズオ様のことは昨夜ある程度調べました。サンプルとしては厳しい生活をなされてますね。酒、タバコ、不摂生、寝不足、高血圧、中年太り…これ、やばいですよ」
「はあ、わたしも任命されて背筋が凍る思いです」
「もしですよ、一年後の健康検査に引っかかった場合、どうなるのか、あなたご存じですか」
役人は自らもタバコに火をつけてうまそうに吸った。
「いえ、具体的にどうなるのかは知りません」
「地球が宇宙人に征服されて何年経つのか…私たち地球人は宇宙に労働力を送り込む生活を強要されています。しかし、労働の対価として宇宙人は我々にありあまるお金を払っています」
「ええ、おかげで贅沢な暮らしをしています」
「そのかわり、やつらも、地球人の体調を特にチェックする。過去に地球人が持ち込んだ病原体で痛い目をみたことがあった。それを嫌った宇宙人がとった手段が世界健康大使ですよ」
カズオの肩をがっしりとつかんで役人は熱く語っている。
「そうなんですね」
「そうなんですよ。奴らは無作為に選んだ地球人のサンプルを遺伝子レベルまで徹底的に解析するようになった。もしこのテストで不合格になった場合…」
「なった場合…?」
カズオは息をのむ。
「地球人の生活待遇を一度リセットする。管理と監視を強いる。捕虜なみの生活までレベルを下げると奴らは言っている」
「責任重大ですね」
カズオの全身が小刻みに震える。
「そうだ。責任重大だ。だから私も、あなたにつきあって、今日から禁煙するよ」
役人はポケットからだした携帯灰皿でタバコの火を消す。
「とりあえず、施設までいこうか」
「はい」
カズオはとりあえずこいつらから逃げ出してみようと考えていた。
ススムは何かおいしい仕事は無いものかとスマホをいじっている。
ススムは金に困っていた。
人々が仕事にいそしんでいる昼下がり、自室のベットで寝そべっている。
心の中は焦りがうずまいている。
「仕方ない…やるか…」
ススムには暗い過去があった。
窃盗で一度捕まったことがある。
ふたたびススムは盗みの世界に足を踏み入れようとしていた。
警察のお世話になるわけにはいかないススムは、ネットで情報を仕入れることにした。
どんな情報もネットには転がっていた。
(ある地区では、特定の時間に集会があり、全員無人になる)
(ワイファイの電波が漏れ出ている個人宅がある)
(駐車場を見ると、車のある、なしで留守かどうかが判断できる家がある)
ススムは、とある集団のラインに侵入した。
日本で活動する、外国人がメンバーの窃盗団だった。
実績もあり、信憑性のある情報が並んでいる。
ススムは、ある書き込みに、目が止まる。
推定五億円の仕事。
「ミスズ地区のコーポ・市村。投資でもうけた現金をタンス預金で管理する会社員がいる。一人暮らしの会社員は仕事に行く平日の日中はほぼ留守になる。私は十分もうけた。そして刑務所には二度とやっかいになりたくはない。情報だけ提供する。部屋番号はここでは明かさない。郵便受けに目印として猛犬注意のシールを貼っておく」
ススムは現場のコーポを見に行くことにした。
次の日、平日の午後。
ススムはコープの前にいた。外観はひどく古びている。
本当にここの住人が五億円の現金をため込んでいるのだろうかと不安になる。
エントランス入り口のポストをはしから見る。
確かに一軒だけ「猛犬注意」のシールがあった。「202号室 田崎」
202号室のインターホンを鳴らす。
反応はない。
情報通り、留守のようだった。
階段を使って二階にあがる。
ススムは202号室の扉にぴたりと張り付き、鍵穴を観察する。
これは開くと確信する。
二分かかっただろうか、音もなく扉を開ける。
するりと室内に侵入したススムは後ろ手に玄関扉を閉める。
真っ暗な室内に激しい音がする。
ススムは飛び上がって驚いた。
廊下を爪で激しく引っかく音とともに、大型の獣がススムに飛びかかってきた。
ススムは反射的に顔を覆うことぐらいしか出来ないでいた。
ズボンの裾を激しく噛む獣は大きな犬、ドーベルマンだった。
「おとなしくしろ。警察だ」
複数の人間にススムは押さえ込まれていた。
「これで新たな予算がとれそうだな」
警察犬であるドーベルマンの頭をなでながらスーツ姿の男が言う。
「今月に入ってこれで五人目です。悪人ほいほいの威力は絶大です。ネットにえさをまいて、こちらが網を張る。まさかこれだけネットの情報を悪人が信用するとは以外ですね」
「そうだな。案外、悪人は友達が少ないのかもな」
「そうかもしれませんね」
護送されるススムを見送りながら、スーツの男たちは話し合っていた。
ススムは金に困っていた。
人々が仕事にいそしんでいる昼下がり、自室のベットで寝そべっている。
心の中は焦りがうずまいている。
「仕方ない…やるか…」
ススムには暗い過去があった。
窃盗で一度捕まったことがある。
ふたたびススムは盗みの世界に足を踏み入れようとしていた。
警察のお世話になるわけにはいかないススムは、ネットで情報を仕入れることにした。
どんな情報もネットには転がっていた。
(ある地区では、特定の時間に集会があり、全員無人になる)
(ワイファイの電波が漏れ出ている個人宅がある)
(駐車場を見ると、車のある、なしで留守かどうかが判断できる家がある)
ススムは、とある集団のラインに侵入した。
日本で活動する、外国人がメンバーの窃盗団だった。
実績もあり、信憑性のある情報が並んでいる。
ススムは、ある書き込みに、目が止まる。
推定五億円の仕事。
「ミスズ地区のコーポ・市村。投資でもうけた現金をタンス預金で管理する会社員がいる。一人暮らしの会社員は仕事に行く平日の日中はほぼ留守になる。私は十分もうけた。そして刑務所には二度とやっかいになりたくはない。情報だけ提供する。部屋番号はここでは明かさない。郵便受けに目印として猛犬注意のシールを貼っておく」
ススムは現場のコーポを見に行くことにした。
次の日、平日の午後。
ススムはコープの前にいた。外観はひどく古びている。
本当にここの住人が五億円の現金をため込んでいるのだろうかと不安になる。
エントランス入り口のポストをはしから見る。
確かに一軒だけ「猛犬注意」のシールがあった。「202号室 田崎」
202号室のインターホンを鳴らす。
反応はない。
情報通り、留守のようだった。
階段を使って二階にあがる。
ススムは202号室の扉にぴたりと張り付き、鍵穴を観察する。
これは開くと確信する。
二分かかっただろうか、音もなく扉を開ける。
するりと室内に侵入したススムは後ろ手に玄関扉を閉める。
真っ暗な室内に激しい音がする。
ススムは飛び上がって驚いた。
廊下を爪で激しく引っかく音とともに、大型の獣がススムに飛びかかってきた。
ススムは反射的に顔を覆うことぐらいしか出来ないでいた。
ズボンの裾を激しく噛む獣は大きな犬、ドーベルマンだった。
「おとなしくしろ。警察だ」
複数の人間にススムは押さえ込まれていた。
「これで新たな予算がとれそうだな」
警察犬であるドーベルマンの頭をなでながらスーツ姿の男が言う。
「今月に入ってこれで五人目です。悪人ほいほいの威力は絶大です。ネットにえさをまいて、こちらが網を張る。まさかこれだけネットの情報を悪人が信用するとは以外ですね」
「そうだな。案外、悪人は友達が少ないのかもな」
「そうかもしれませんね」
護送されるススムを見送りながら、スーツの男たちは話し合っていた。
「メビウスの輪」を3回カットするとどうなる実験
「メビウスの輪」の真ん中を帯状に切ると?
1回目カット→大きな輪
2回目カット(大きくなった輪の真ん中をカット)→2つの輪になる。
3回目カット(2つの輪のそれぞれ真ん中をカット)→4つの輪になる。
不思議
アツオの職業は特殊と言えるだろう。
秘密裏に、飲食店のサービス対応をチェックする調査員を生業にしている。
アツオは仕事を始める前に自分に気合いを入れる。
シンプルな塩ラーメンが売りのA店。
A店は、大手外食チェーン店が出店した店だ。
社長の話では、出店当初は売り上げも上々だったのに、最近は調子が悪い。味には絶大の自信を持っている。
何か原因があるのではないのかと思っている社長が、アツオに調査を依頼したのだった。
アツオは店の立地条件にまず驚く。
右を向くとB店、左を向くとC店。どれもラーメン屋。
しかも塩ラーメン。
どうしてここに塩ラーメンの店を出店したのか、アツオにはまったく理解出来なかった。
ひときわ大きな依頼主の店、A店に入る。
特に反応は無い。
しばし、静寂の時が過ぎる。
ここは飲食店なのかと、間違えるほどの無音だった。
仕方なく、アツオは手前のテーブルに座った。
ドン。
どこからか現れた店員が、グラスを乱暴に置く。
「らっしゃい」
ぼそぼそと覇気のない声が頭上から聞こえた。
アツオは顔を上げる。
アツオを見下すような茶髪の店員の視線と目が合った。
「塩らーめん、ください」
「あいっす」
厨房へと店員は消える。
(こいつはクビだな)
アツオは鞄から取り出したノートに素早くメモを書く。
店内の隅にはホコリがたまっている。
掃除はいつしたのだろうか。
(衛生面 ゼロポイント)
アツオはペンを走らす。
五分経過。
十五分経過。
いくらなんでも遅すぎる。
二十分後、ようやくラーメンが出てきた。
アツオはスープを一口飲む。
ぬるかった。
そして、ただ塩辛いだけの味しか感じない。
(スープ マイナス100ポイント。 あの社長が言っていた、自信の味とは、一体なんなのかとアツオは首をひねる。
麺をすする。
案の定、延びきっている。
アツオは無言で立ち上がるとレジに向かう。
先ほどの覇気の無い店員がレジにいた。
「お客さん、ウチのラーメンまずかったすか」
店員はアツオのほとんど食べなかったラーメンを見ている。
「まあね」
「お代は結構です。そして二度と来るな」
「お金は払います。あんた、客と喧嘩してもしょうがないでしょう」
アツオはぴったりのお金を出して、店を後にした。
客のいない店内で、店員と店長が話し出す。
「こんなんでいいんですかね」
「いいんだよこれで」
二人の間には微妙な緊張感があった。
店長と思われる人物がエプロンを脱ぎながら言った。
「もう、そろそろ潮時かもしれませんね。C店の店長さん」
店員だった人物もかぶっているユニフォームの帽子を脱いだ。
「そうかもしれませんね。B店の店長
。私たちの正体がばれる前に辞職届けを郵送で出して逃げちゃいましょう」
塩ラーメン激戦区で長年、B店とC店はしのぎを削っていた。
そこに突如やってきた大手チェーンのA店。
連日の長蛇の列に焦った二店は結託して、A店の悪い評判を流す努力に力を注いだ。
アツオの調査報告が社長に上がった。
A店の店長、店員には解雇指示が飛んだが、すでに二人は退職した後だった。
再び三店で戦う日々が始まったが、ここに四店目の塩ラーメンの店が出来るという噂を店長たちは聞きつけた。
A、B、C店の店長たちは履歴書を買いに走った。
秘密裏に、飲食店のサービス対応をチェックする調査員を生業にしている。
アツオは仕事を始める前に自分に気合いを入れる。
シンプルな塩ラーメンが売りのA店。
A店は、大手外食チェーン店が出店した店だ。
社長の話では、出店当初は売り上げも上々だったのに、最近は調子が悪い。味には絶大の自信を持っている。
何か原因があるのではないのかと思っている社長が、アツオに調査を依頼したのだった。
アツオは店の立地条件にまず驚く。
右を向くとB店、左を向くとC店。どれもラーメン屋。
しかも塩ラーメン。
どうしてここに塩ラーメンの店を出店したのか、アツオにはまったく理解出来なかった。
ひときわ大きな依頼主の店、A店に入る。
特に反応は無い。
しばし、静寂の時が過ぎる。
ここは飲食店なのかと、間違えるほどの無音だった。
仕方なく、アツオは手前のテーブルに座った。
ドン。
どこからか現れた店員が、グラスを乱暴に置く。
「らっしゃい」
ぼそぼそと覇気のない声が頭上から聞こえた。
アツオは顔を上げる。
アツオを見下すような茶髪の店員の視線と目が合った。
「塩らーめん、ください」
「あいっす」
厨房へと店員は消える。
(こいつはクビだな)
アツオは鞄から取り出したノートに素早くメモを書く。
店内の隅にはホコリがたまっている。
掃除はいつしたのだろうか。
(衛生面 ゼロポイント)
アツオはペンを走らす。
五分経過。
十五分経過。
いくらなんでも遅すぎる。
二十分後、ようやくラーメンが出てきた。
アツオはスープを一口飲む。
ぬるかった。
そして、ただ塩辛いだけの味しか感じない。
(スープ マイナス100ポイント。 あの社長が言っていた、自信の味とは、一体なんなのかとアツオは首をひねる。
麺をすする。
案の定、延びきっている。
アツオは無言で立ち上がるとレジに向かう。
先ほどの覇気の無い店員がレジにいた。
「お客さん、ウチのラーメンまずかったすか」
店員はアツオのほとんど食べなかったラーメンを見ている。
「まあね」
「お代は結構です。そして二度と来るな」
「お金は払います。あんた、客と喧嘩してもしょうがないでしょう」
アツオはぴったりのお金を出して、店を後にした。
客のいない店内で、店員と店長が話し出す。
「こんなんでいいんですかね」
「いいんだよこれで」
二人の間には微妙な緊張感があった。
店長と思われる人物がエプロンを脱ぎながら言った。
「もう、そろそろ潮時かもしれませんね。C店の店長さん」
店員だった人物もかぶっているユニフォームの帽子を脱いだ。
「そうかもしれませんね。B店の店長
。私たちの正体がばれる前に辞職届けを郵送で出して逃げちゃいましょう」
塩ラーメン激戦区で長年、B店とC店はしのぎを削っていた。
そこに突如やってきた大手チェーンのA店。
連日の長蛇の列に焦った二店は結託して、A店の悪い評判を流す努力に力を注いだ。
アツオの調査報告が社長に上がった。
A店の店長、店員には解雇指示が飛んだが、すでに二人は退職した後だった。
再び三店で戦う日々が始まったが、ここに四店目の塩ラーメンの店が出来るという噂を店長たちは聞きつけた。
A、B、C店の店長たちは履歴書を買いに走った。