網カンジキと言われても、畑沢出身の人でさえも50歳代以下の方は、分からないかと思います。とりあえず、下の写真を御覧下さい。左側が普通のカンジキで、材料にクロモジの木を用いており、両脇に硬い樹で作った滑り止め用の爪なるものが組み込まれています。そして、左が網カンジキで、かなり大きいことが分かります。材料にはチシマザサ(通称は「根曲がり竹」)を用います。クロモジは曲げやすい(加工しやすい。)のですが、これほど大きい輪を作れる材がありません。どうしても笹を用いなければなりません。だったら普通のカンジキも笹で作ればいいのではないかとお思いになるかもしれませんが、笹では「爪」を組み込むことが困難なようです。網カンジキは普通のカンジキと用途が異なるので、爪を必要としません。網カンジキの用途は、後で説明いたします。
さて、この網カンジキとして紹介した上の写真にも、昔から網カンジキを御存じの方は、違和感を持たれているかもしれません。そうです。大きさは昔ながらの網カンジキですが、輪っかの中の紐の通し方が、かなり変わっているのです。私も今回、網カンジキを作る時には悩み続けました。本来の網カンジキは、紐を縦横に格子状に通します。私のそれは、亀の甲状にしてあります。昔のように縦横に格子状にするには、紐(縄)を両手で綯(な)いながら伸ばしていき、直角に交差するポイントでは、上手く二つの紐を絡めながら一体的になるようにします。交差するポイントが塊り状態になることなく、すっきりとしています。ところが、私には紐(縄)を作る藁(わら)がない、藁があったとしても綯う根気がない、上手く綯う技術もないのでは何ともできません。そこで、紐は買ってきました。綯うことでできないので、格子状にすることができません。考えた挙句に亀の甲状にすることにしたのです。けっして形は満足できるものではないことを承知していますが、まあ、何とかなるでしょう。自分の実力以上のことはできません。でき得る限りにベストを尽くすことが大事です。などと、ぐだぐたと書いてしまいました。
さて、この網カンジキを見ると、かなり動きにくいだろうと思われたでしょう。普通のカンジキでも足運びに苦労しますが、網カンジキの場合はとても足だけでは動けません。腕の力を必要とします。網カンジキの前に紐を付けて、腕で引っ張り上げるのです。丁度、古武道などで紹介される「ナンバ歩き」のような格好になります。右足を揚げるときには右手で紐を引っ張り揚げ、左足を揚げるときには左腕で紐を引っ張り揚げます。これを何度もやれば、武道の鍛錬になるかどうかは分かりませんが、例えばインナーマッスルの一つである腸腰筋の強化に役立つことでしょう。
それほどまでに厄介な網カンジキでも、とても大事な役割があるのです。それは普通のカンジキを助ける役です。雪の上で靴が雪にめり込んで歩きにくい時は、カンジキを装着します。でも、雪がもっと沢山積もって、カンジキが雪にめり込んでしまい、カンジキの役が立たなくなった時は、網カンジキを使うのです。輪っかが大きい分、雪にめり込む程度が小さくなります。畑沢などのように一晩で1m以上も新雪が積もる地区の必需品です。
私たちは、新雪が深々と積もった状態をフカユキ(深雪)と呼んでいます。深雪で最も困るのは、小中学生が通学する時です。普通の新雪が積もった状態の時は、大人が普通のカンジキを付けて先頭に立ち、雪を固めて一本道を作ってくれます。しかし、深雪になると、普通のカンジキでは何ともなりません。そこで、さらに網カンジキを付けた大人が加わります。網カンジキが先頭で進みますが、当然、スピードは極端に遅くならざるを得ませんでした。子どもたちの通学のために、大人たちがこれほどまでに面倒を見てくれたのです。私たちは子ども時代にそれほどにお世話になってきました。その恩返しをする機会がありません。
ところで、私たちは網カンジキと呼んでいましたが、全国的には「スカリ」と呼んでいるようです。私たちはスカリなど聞いたことがありません。似た発音の名前に、雪下ろしに使うヘラ状のカスギ(カス木)がありますが、全く用途が違います。